舌鼓

名菓舌鼓（めいかしたつづみ）

山口県山口市にある老舗和菓子店、山陰堂が製造・販売する「名菓舌鼓」は、同市を代表する伝統的な和菓子の一つです。ういろうと並び、山口を訪れる人々にとって欠かせない土産品として広く知られています。

この菓子は、繊細でやわらかな求肥が、きめの細かい上品な甘さの白あんを丁寧に包み込んだ素朴ながらも洗練された一品です。口に含むと、求肥の優しい食感と白あんのなめらかな舌触りが溶け合い、穏やかな甘みが広がります。その名の通り、思わず舌鼓を打つような美味しさが特徴です。

名菓舌鼓が誕生したのは、今から140年近く前の1883年（明治16年）に遡ります。山陰堂の創業者である竹原弥太郎氏は、代々津和野藩の食客として暮らしてきた家柄と伝えられています。その妻であるマツ氏は、茶道を深く嗜む人物でした。茶の湯の世界に精通していたマツ氏は、自ら茶席にふさわしい菓子を創り出したいという想いから、この求肥と白あんの組み合わせによる菓子を考案しました。茶の味わいを引き立て、心静まるひとときを彩る菓子として生み出されたのです。

この菓子が特別な「名菓」として称されるようになった背景には、興味深いエピソードがあります。明治末期から大正にかけて総理大臣を務めた寺内正毅氏は、山口県山口市出身でした。ある時、寺内総理がこの菓子を口にする機会があり、その美味しさに深く感銘を受けました。そして、「これほど美味しいものは『名菓』の二文字を冠するにふさわしい」と、その場で称賛の言葉を述べたといいます。この総理大臣からの高い評価を受け、山陰堂はこの菓子に「名菓」の文字を添えることとなりました。しかし、当時の山陰堂にとって、時の総理大臣からの言葉とはいえ、やや気恥ずかしさや畏れ多い気持ちから、この「名菓」という称号は、半ば渋々付けられたものであったと伝えられています。このエピソードは、単なる菓子の名称に留まらない、山陰堂と地域の歴史に深く根ざした物語として語り継がれています。

名菓舌鼓が、現代のように広く山口を代表する銘菓として定着する契機となったのは、四代目店主の時代でした。四代目が山口駅での販売を開始したことにより、駅を利用する多くの人々がこの菓子を手に取る機会が増え、その知名度は飛躍的に向上しました。こうして、地域の人々に愛される味は、県外からの訪問客にも知られるようになり、山口を代表する土産菓子としての地位を確固たるものにしたのです。

今日でも、名菓舌鼓は変わらぬ製法で丁寧に作られ、多くの人々に愛され続けています。その上品な味わいと、歴史に彩られた物語は、山口の文化とともに生きる伝統の証と言えるでしょう。

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