舞姫 (森鷗外)

森鷗外の短編小説『舞姫』

『舞姫』（まいひめ）は、明治時代の新しい文学を代表する作家のひとり、森鷗外によって書かれた短編小説です。本作は1890年に発表され、当時の文壇に大きな影響を与えました。物語は、ドイツに留学していた青年・太田豊太郎が、故郷日本へ帰国する船上での回想を通じて進行します。

作品の概要

この小説は、森鷗外の創作としては第一作目にあたります。物語の舞台はドイツで、鷗外自身の留学経験が生かされています。彼はこの作品を発表した後も、『うたかたの記』や『文づかひ』など、ドイツを舞台にした作品を次々と発表し、それらは総じて「独逸三部作」と呼ばれています。特に『舞姫』は鷗外初期の代表作として位置づけられています。

作中、評論家の石橋忍月が早くも鷗外の才能を評価し、彼の時代が始まったと評価した一方で、物語についての批判を行い、鷗外はこれに反論するという論争が発生しました（舞姫論争）。

また、小説では鷗外の実際の恋愛経験や、彼の留学時代に起こった「エリス来日事件」が反映されていると言われています。ドイツから来日した女性と鷗外の交錯した運命が、不朽の名作を生む基盤となったのです。『舞姫』は1957年に高等学校の国語科教材として取り上げられて以来、広く普及し続けており、その後60年以上にわたり、必読の文学作品として学生たちに親しまれています。

あらすじ

物語は、帰国の途中にある豊太郎の回想から始まります。彼は幼少期に父を亡くし、母によって育てられました。学業一筋の生活を送り、高い成績を保ち続けたものの、内面には強い自制心の裏に隠された、他人の期待に応え続ける生き方の苦痛がありました。大学法学部を卒業後、公務員としての地位を得て、官命によってドイツに赴任し、そこでも学業に励むものの、自分は他人の期待に沿って生きている受動的な存在であることに気付きます。

ベルリンでの日々の中、彼はある日、美しい少女エリスと出会います。エリスは貧しく、父親の葬儀代すら工面できない状況にあり、豊太郎は彼女を助けることで交流が始まります。彼らは互いに影響し合い、豊太郎はエリスに知識を教える師弟のような関係を築いていきますが、豊太郎の周囲には嫉妬や誤解が渦巻きます。同郷の人物による告げ口により、豊太郎は免官となり、仕事を失います。

母親の死の知らせが彼を襲い、エリスとの関係がさらに深まりますが、彼は相沢謙吉の助言を受け、エリスとの関係を断つべきかと悩む日々が続きます。しかし、彼はエリスの愛を失うことができず、彼女と結ばれることが最優先となります。

ロシア滞在中、エリスからの手紙が届き、彼女は豊太郎の出世を待つ意志を示しますが、豊太郎自身は現実に引き裂かれ、最終的にはエリスを裏切ることになります。エリスは心を病み、豊太郎は彼女を思い悩む中、彼の人生は崩壊へと向かっていきます。

本作の意義

『舞姫』は明治時代の日本文学において、個人の内面的な苦悩と恋愛の葛藤を描いた重要な作品であり、鷗外自身の人生の一面を強く映し出したものと言えるでしょう。文学だけでなく、人間の感情と選択について深く考えさせられる本作は、今日でも多くの人に新たな視点を提供しています。

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