芋虫 (小説)

芋虫

江戸川乱歩の短編小説「芋虫」は、1931年に発表された作品である。最初に掲載されたのは1929年1月の『新青年』で、当初のタイトルは「悪夢」だったが、乱歩自身の意向で後に「芋虫」に変更され、奇妙なコントラストをなすタイトルのこだわりが見られる。

この作品は、戦争の悲惨さを描く内容において、当時の社会的な状況を反映している。物語の主人公は須永時子で、夫である須永中尉は戦争で重傷を負い、全身の機能を失なった状態にある。彼女はその夫を支える一方で、彼を心の底から虐げる嗜虐的な要素を持ち合わせている。

物語の背景と内容

物語は、須永中尉の悲惨な状況から始まる。彼は身体の機能を失い、唯一残された感覚器官である目を操られ、思いやりに満ちた妻としてではなく、彼女の肉欲を満たすための道具と化してしまっている。時子にとって、夫は自身の欲求を満たすための対象にすぎない。

一方で、時子は周囲から「貞女」として称賛されるが、彼女の内面には夫に対する憎しみと嗜虐心が存在する。ある日、彼女は自分の欲望を満たすために、夫の目を潰すという残酷な行為に及ぶ。これは単純な事故ではなく、彼女の意図的な行動であった。

軍や社会との関わり

作品が描かれた背景として、当時の社会情勢、特に戦争に対する批判的な視点がある。乱歩の作品は、当面の権力に対して一貫して反抗的であったため、内容が問題視された。作品は当初、改造社からの依頼で策定されたもので、その発表の際に「反軍国主義的」な内容が故に掲載が拒否され、最終的に『新青年』での掲載が決定した。

その後、作品が発表された際には伏字だらけの内容となり、編集長の延原も苦慮した様子が伺える。本作は戦争讃美の風潮からは逸脱した内容であったため、戦時下で全面的に削除されるという事態にまで発展した。

再評価と影響

発表後、左翼からは賞賛が寄せられたが、江戸川乱歩はそれに対して無関心であった。このような作品が右翼から嫌われるのは当然であり、彼自身は「自分は現実世界からどのような扱いを受けても気にしない」と述べていた。このことは、作品が持つテーマの深さを物語っている。

さらに、乱歩はこの作品を通じて「人間のエゴや醜さ」といったテーマを描写しており、四肢を失った主人公とその妻のやりとりを通じて人間の本質を鋭く突き刺す。時子の行動は、彼女の内面的な葛藤や欲望を露呈させるものであり、一方から見れば、病的なまでの愛情の執着とも言える。

出版史

本作はその後、数度にわたり出版され続け、映画化もされるなど、江戸川乱歩の代表作として位置付けられている。特に、2005年の映画『乱歩地獄』では本作が取り上げられ、また2010年には『キャタピラー』という映画が本作にインスパイアを受けたと報じられた。これにより、作品は普遍的な価値を持ち続け、今なお多くの論考や分析がなされている。

この短編小説は、表面的なストーリーとは裏腹に、深い人間心理、社会批評、戦争に対する皮肉を内包しており、読み手に対して強烈な印象を与え続ける作品である。

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