菅野村強盗殺人・放火事件

菅野村強盗殺人・放火事件（すがのむらごうとうさつじんほうかじけん）は、1949年（昭和24年）6月10日、兵庫県飾磨郡菅野村（現在の姫路市の一部）で発生した痛ましい事件です。この事件は、一人の主婦が借金苦から知人宅に強盗に入り、殺人及び放火に及んだもので、戦後の日本において女性として初めて死刑判決が確定した事例となりました。しかし、その後特別な恩赦が適用され、刑が減軽されています。

事件の発生とその背景

事件の実行犯は、当時34歳だった地元に住む主婦でした。彼女はかつて看護婦として働いていましたが、結婚を機に職を離れ、病弱で働くことが困難な婿養子の夫と7人の子供たちの生活を支えるため、極度の金銭的な困窮に直面していました。家計を支えるために複数の家から借金を重ねており、被害者となった知人の老夫婦からも借金をしていました。

事件当日、彼女は既に借りていた金を返済できない状況でありながら、さらなる借金を懇願するために老夫婦宅を訪れました。しかし、老夫婦、特に妻から「金を工面するためには体を売ってでも稼げ」といった趣旨の屈辱的な言葉を浴びせられたとされています。この言葉に激しい怒りを感じた彼女は、強盗を決意します。

犯行の実行と発覚

1949年 6月10日、彼女は強盗目的で老夫婦宅に侵入しました。侵入に気づかれたと思った彼女は、手元にあった鎌で老夫婦の妻を殺害。その後、家の中から現金約1万8千円を含む金品を奪い、犯行の証拠を隠すためか、被害者の遺体に火を放ち、現場から逃走しました。老夫婦の夫は火災から救出されましたが、数日後に病のため息を引き取っています。

奪った金は借金の返済に充てられました。しかし、被害者の妻が生前、特定の紙幣に番号を書き込んでいたことが、捜査において重要な手掛かりとなります。この番号のついた紙幣が犯人の手に渡っていたことから、彼女の関与が浮上し、事件発生からわずか5日後の同年6月15日、彼女は逮捕されました。

裁判と死刑確定

逮捕された主婦に対する裁判は進められ、1949年12月26日、神戸地方裁判所姫路支部において死刑判決が下されました。被告人はこの判決を不服として控訴、さらに上告しましたが、1950年9月4日には大阪高等裁判所が控訴を棄却、翌1951年7月10日には最高裁判所も上告を棄却し、死刑判決が確定しました。これにより、彼女は戦後日本で初めて死刑が確定した女性となりました。

死刑囚としての日々と恩赦

死刑が確定した後、彼女は大阪拘置所に収容されました。当初、彼女は死刑を受け入れる覚悟を決め、浄土真宗に帰依し、俳句を詠むなど、比較的落ち着いた模範的な態度を示していました。しかし、1953年（昭和28年）頃から顕著な精神的な異常が見られるようになり、刑事訴訟法第479条第1項に基づき、病気による死刑執行の一時停止措置が取られることとなりました。

法務省は彼女に対する特別恩赦の適用を検討し始めますが、事件の遺族は犯行の残酷さから一貫して恩赦に強く反対しました。遺族の拒否姿勢は1960年代後半になっても変わることはありませんでした。

状況が動いたのは1969年（昭和44年）のことです。当時の法務大臣であった西郷吉之助が、前年に廃案となった再審特例法案に関連し、連合国占領下で起訴され死刑が確定した一部の事件について、恩赦を慎重に検討する方針を示しました。これを受け、中央更生保護審査会が改めて彼女の恩赦について検討を開始しました。

審査会は、犯行時の極度の生活困窮という動機に同情の余地があること、本人に深い反省が見られること、そして長期の拘禁生活による精神的な病を患っていることなどを考慮し、恩赦を決定しました。そして、1969年9月2日、彼女は無期懲役に減刑されることとなりました。

減刑後の経緯と最期

無期懲役に減刑された後、彼女は八王子医療刑務所へ移送されました。その後、1972年（昭和47年）には和歌山刑務所に移送されますが、結核を患い、奈良県の療養所に収容されることとなります。彼女は療養所で病状が悪化し、1978年（昭和53年）3月4日、その生涯を閉じました。享年63歳でした。

この事件は、貧困や家庭環境が引き起こす悲劇、そして戦後の司法制度や恩赦の運用について、後世に多くの問題を提起する事例として記憶されています。

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