蓮月焼

蓮月焼（れんげつやき）

蓮月焼は、江戸時代後期に活動した尼僧、大田垣蓮月尼（おおたがき れんげつに、1773年 - 1865年）が自ら手がけた陶器の総称です。その最大の特徴は、蓮月尼が詠んだ和歌が器の表面に釘や竹べらなどで丁寧に刻み込まれている点にあります。書と陶芸が一体となった、蓮月尼独自の芸術性が光る作品群です。

起源と活動

蓮月尼が作陶を始めたのは、天保3年（1832年）のことでした。この年、長年連れ添った養父である大田垣光古（西心）と死別し、新たな生活を立てる必要に迫られます。知恩院内の真葛庵（まくずあん）を離れ、京都の岡崎村に移り住んだ蓮月尼は、そこで自らの手で焼き物を制作することを生活の糧としました。これが蓮月焼の始まりです。

作陶を始めてから、蓮月尼は岡崎をはじめ、聖護院や北白川など、主に京都の洛東地域を活動の場としました。しかし、一つの場所に長く留まることはなく、生涯に三十数回にも及ぶ引っ越しを繰り返したと言われています。このため、人々からは「屋越蓮月（やごし れんげつ）」というあだ名で呼ばれるほどでした。

作品の特徴

蓮月焼にはいくつかの顕著な特徴が見られます。

まず第一に、前述の通り、器に自詠の和歌が釘彫りなどの技法で刻まれていることです。これは他の陶器には見られない蓮月焼の個性であり、彼女の歌人としての才能と結びついた表現形式です。

次に、制作される器の種類としては、煎茶器に関連するものが多く見られます。これは当時の文化や蓮月尼の生活様式とも関連があると考えられます。

成形方法としては、電動ロクロなどを用いず、手で粘土をこねて形を作る「てづくね」や、型を用いた作陶が行われました。これにより、素朴であたたかみのある独特の造形が生まれています。

使用される粘土は、主に洛東地域で採れるものが用いられました。土味を生かした無釉薬（むゆうやく）の作品と、釉薬（ゆうやく）を施した作品の両方が存在します。

さらに、蓮月焼と呼ばれる作品の中には、蓮月尼自身の手によるものだけでなく、他の人物が制作に関わったものも含まれていることが知られています。焼成についても、蓮月尼自身が窯を持つのではなく、三条粟田口焼（あわたぐちやき）や五条清水焼（きよみずやき）といった京都の著名な窯元、あるいは陶工の黒田光良（くろだ こうりょう）に依頼して行われたと言われています。

贋作と関与作品

蓮月焼は、蓮月尼の生前からその人気が高く、残念ながら早くから多くの贋作が出回っていたことでも知られています。しかし、贋作とは別に、蓮月尼が制作に関与しつつも、実際には別の人物が主導的に作った作品も存在します。

こうした例としては、蓮月尼と交流のあった農婦、吉田安（よしだ やす）が作ったとされるものや、二代目蓮月を名乗った陶工、黒田光良の作品が挙げられます。特に黒田光良の作品は質が高いものが多く、今日、蓮月尼の真作として流通している作品の中に相当数が紛れ込んでいる可能性が指摘されています。また、蓮月焼の作風を模倣した作品も数多く制作されました。

贋作にまつわる逸話として、蓮月尼が非常に寛容であったという話が伝えられています。ある時、自身の贋作を見せられた蓮月尼は、「わたしの贋作によって、それを作った人が生活できるのなら、それは良いことだ」とかえって喜び、自らその贋作に和歌を刻んで仕上げてあげたり、時には本物の自身の作品を贋作業者に無料で与え、それを売って生活の足しにするよう勧めたという逸話が残されています。この逸話は、蓮月尼の温かい人柄と、生活に苦しむ人々への深い慈悲の心を示しており、多くの人々に感銘を与えています。

蓮月焼は、単なる焼き物としてだけでなく、江戸時代後期の文化、特に尼僧という立場で生活を支えながら芸術を追求した一人の女性の生き様を物語る貴重な存在と言えるでしょう。

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