大田垣蓮月
大田垣蓮月は、江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した女性で、尼僧、歌人、そして陶芸家という多才な顔を持っていた人物です。俗名を誠（のぶ）といい、仏道に入ってからは蓮月と号しました。菩薩尼、陰徳尼といった別称でも知られています。
蓮月は寛政三年（1791年）、京都に生を受けました。実父は伊賀国上野で城代家老を務めた藤堂良聖でしたが、生後間もないわずか十日で、知恩院の門跡に仕える大田垣光古の養女となります。養父の光古は元、山崎常右衛門と名乗った因幡国出身の人物で、蓮月を引き取った頃は不安定な立場でしたが、ほどなく知恩院の譜代となり、門跡の坊官として代々その地位を継承できる身分となりました。大田垣家は室町時代に因幡や但馬地方で勢力を持った山名氏の重臣の子孫であるとされています。一方、生母は蓮月を出産した後、丹波亀山藩士と再婚したため、その縁故により、蓮月は七歳頃にあたる寛政十年（1798年）頃から約十年間にわたり、丹波亀山城の御殿で奉公する生活を送りました。
蓮月の人生は、身近な人との悲しい別れが続くものでした。
養父光古には五人の実子がいましたが、四人は蓮月が養女となる前に亡くなり、唯一成人した末子の仙之助も蓮月が亀山に奉公している間に病没しました。このため光古は後継ぎとして、但馬国城崎の庄屋銀右衛門の四男である天造を養子に迎え、望古と名乗らせます。
亀山での奉公を終えた文化四年（1807年）頃、蓮月は望古と結婚しました。二人の間には長男鉄太郎、長女、次女が生まれましたが、いずれも幼くして亡くなります。そして文化十二年（1815年）、夫の望古までが世を去り、蓮月はわずか二十五歳で寡婦となりました。
望古の死から四年後の文政二年（1819年）、蓮月は大田垣家に新たに迎えられた養子、古肥と再婚します。古肥は元、重次郎といい、彦根藩士である石川光定の次男でした。蓮月と古肥の間にも一女が生まれましたが、文政六年（1823年）、古肥もまたこの世を去り、蓮月は再び夫を失うこととなりました。
二度目の夫、古肥との死別を機に、蓮月は仏門に入ることを決意します。養父の光古もまた、娘と共に剃髪し、光古は西心、蓮月は誠からその名を改めました。蓮月が出家した年、大田垣家は彦根藩から古敦という養子を迎え、知恩院の譜代の地位を継承させました。この頃、養父の西心は知恩院内にあった真葛庵の守役を命じられ、蓮月と娘と共にそこに住まいましたが、この静穏な生活も長くは続きませんでした。二年後には古肥との間に生まれた娘が亡くなり、さらにその年には養父の西心までが世を去ってしまったのです。
相次ぐ家族との別れ、特に養父の死をきっかけに、蓮月は生まれ育った知恩院を離れることを決意し、京都の岡崎村（現在の左京区）へと移り住みました。その後、蓮月は一つの場所に留まることなく、生涯にわたって頻繁に住まいを移し続けたため、「屋越し蓮月」と呼ばれるほど引越し好きとして知られるようになります。
蓮月は歌人として、六人部是香、上田秋成、香川景樹といった当時の高名な歌人に学び、また小沢蘆庵にも深く私淑しました。村上忠順、橘曙覧、野村望東尼、高畠式部など、多くの歌人や文人と広く交流を持ちました。彼女の歌は歌集『蓮月高畠式部二女和歌集』や『海人の刈藻』に収められています。また、晩年に交流のあった富岡鉄斎に関する書籍にも、彼女の和歌や書簡が収録されています。
岡崎に移った後、蓮月は自ら焼き物を制作することで生計を立て始めました。自身の作った陶器に、自らが詠んだ和歌を釘などを使って彫り込んだ作品は、「蓮月焼」として評判を呼び、京土産として人気を博すほどでした。その評判の高さゆえ、後には贋作までが出回ったといいます。これは、彼女が単に生活の糧を得るためだけでなく、歌人としての表現と陶芸を結びつけた独自の芸術活動であったことを示しています。
晩年の蓮月は、後の日本画家・儒学者となる若き日の富岡鉄斎を侍童としてそばに置き、彼の人間形成に大きな影響を与えました。また、彼女は社会貢献にも積極的に取り組みました。京都で飢饉が頻繁に起こった際には、自身の私財を投げ打って被災者を支援するための寄付を行い、さらに多くの人々の通行の助けとなるよう、自らの費用で鴨川に丸太町橋を架けるなど、私心を捨てた慈善活動に尽力しました。
蓮月は多くの文人や著名人との交流があり、大阪の名医であった春日寛平もその一人で、彼の著作『載陽遺稿』にも蓮月との交流が記されています。春日も蓮月の庵を度々訪れていたようです。
明治八年（1875年）十二月十日、蓮月は住まいとしていた西賀茂村の神光院の茶所にて、八十五歳の生涯を閉じました。彼女の死を惜しんだ西賀茂村の住民たちは、総出で葬儀を手伝い、その最期を悼んだといいます。墓所は、京都市北区西賀茂にある小谷墓地にあります。
生い立ちと複雑な境遇
蓮月は寛政三年（1791年）、京都に生を受けました。実父は伊賀国上野で城代家老を務めた藤堂良聖でしたが、生後間もないわずか十日で、知恩院の門跡に仕える大田垣光古の養女となります。養父の光古は元、山崎常右衛門と名乗った因幡国出身の人物で、蓮月を引き取った頃は不安定な立場でしたが、ほどなく知恩院の譜代となり、門跡の坊官として代々その地位を継承できる身分となりました。大田垣家は室町時代に因幡や但馬地方で勢力を持った山名氏の重臣の子孫であるとされています。一方、生母は蓮月を出産した後、丹波亀山藩士と再婚したため、その縁故により、蓮月は七歳頃にあたる寛政十年（1798年）頃から約十年間にわたり、丹波亀山城の御殿で奉公する生活を送りました。
相次ぐ結婚と家族との死別
蓮月の人生は、身近な人との悲しい別れが続くものでした。
養父光古には五人の実子がいましたが、四人は蓮月が養女となる前に亡くなり、唯一成人した末子の仙之助も蓮月が亀山に奉公している間に病没しました。このため光古は後継ぎとして、但馬国城崎の庄屋銀右衛門の四男である天造を養子に迎え、望古と名乗らせます。
亀山での奉公を終えた文化四年（1807年）頃、蓮月は望古と結婚しました。二人の間には長男鉄太郎、長女、次女が生まれましたが、いずれも幼くして亡くなります。そして文化十二年（1815年）、夫の望古までが世を去り、蓮月はわずか二十五歳で寡婦となりました。
望古の死から四年後の文政二年（1819年）、蓮月は大田垣家に新たに迎えられた養子、古肥と再婚します。古肥は元、重次郎といい、彦根藩士である石川光定の次男でした。蓮月と古肥の間にも一女が生まれましたが、文政六年（1823年）、古肥もまたこの世を去り、蓮月は再び夫を失うこととなりました。
出家、そして漂泊の人生
二度目の夫、古肥との死別を機に、蓮月は仏門に入ることを決意します。養父の光古もまた、娘と共に剃髪し、光古は西心、蓮月は誠からその名を改めました。蓮月が出家した年、大田垣家は彦根藩から古敦という養子を迎え、知恩院の譜代の地位を継承させました。この頃、養父の西心は知恩院内にあった真葛庵の守役を命じられ、蓮月と娘と共にそこに住まいましたが、この静穏な生活も長くは続きませんでした。二年後には古肥との間に生まれた娘が亡くなり、さらにその年には養父の西心までが世を去ってしまったのです。
相次ぐ家族との別れ、特に養父の死をきっかけに、蓮月は生まれ育った知恩院を離れることを決意し、京都の岡崎村（現在の左京区）へと移り住みました。その後、蓮月は一つの場所に留まることなく、生涯にわたって頻繁に住まいを移し続けたため、「屋越し蓮月」と呼ばれるほど引越し好きとして知られるようになります。
歌人・陶芸家としての活動
蓮月は歌人として、六人部是香、上田秋成、香川景樹といった当時の高名な歌人に学び、また小沢蘆庵にも深く私淑しました。村上忠順、橘曙覧、野村望東尼、高畠式部など、多くの歌人や文人と広く交流を持ちました。彼女の歌は歌集『蓮月高畠式部二女和歌集』や『海人の刈藻』に収められています。また、晩年に交流のあった富岡鉄斎に関する書籍にも、彼女の和歌や書簡が収録されています。
岡崎に移った後、蓮月は自ら焼き物を制作することで生計を立て始めました。自身の作った陶器に、自らが詠んだ和歌を釘などを使って彫り込んだ作品は、「蓮月焼」として評判を呼び、京土産として人気を博すほどでした。その評判の高さゆえ、後には贋作までが出回ったといいます。これは、彼女が単に生活の糧を得るためだけでなく、歌人としての表現と陶芸を結びつけた独自の芸術活動であったことを示しています。
晩年と慈善活動
晩年の蓮月は、後の日本画家・儒学者となる若き日の富岡鉄斎を侍童としてそばに置き、彼の人間形成に大きな影響を与えました。また、彼女は社会貢献にも積極的に取り組みました。京都で飢饉が頻繁に起こった際には、自身の私財を投げ打って被災者を支援するための寄付を行い、さらに多くの人々の通行の助けとなるよう、自らの費用で鴨川に丸太町橋を架けるなど、私心を捨てた慈善活動に尽力しました。
蓮月は多くの文人や著名人との交流があり、大阪の名医であった春日寛平もその一人で、彼の著作『載陽遺稿』にも蓮月との交流が記されています。春日も蓮月の庵を度々訪れていたようです。
明治八年（1875年）十二月十日、蓮月は住まいとしていた西賀茂村の神光院の茶所にて、八十五歳の生涯を閉じました。彼女の死を惜しんだ西賀茂村の住民たちは、総出で葬儀を手伝い、その最期を悼んだといいます。墓所は、京都市北区西賀茂にある小谷墓地にあります。
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