薄雲 (源氏物語)

薄雲 - 源氏物語 第十九帖

「薄雲」は、『源氏物語』五十四帖中、第十九帖の巻名です。この巻名は、光源氏が亡き藤壺への深い悲しみを詠んだ和歌「入り日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる」に由来しています。この和歌が暗示するように、「薄雲」は、光源氏を取り巻く状況の大きな変化と、深い悲しみを描いた重要な巻と言えるでしょう。

あらすじ

物語は、光源氏が31歳（冬）から32歳（秋）にかけての出来事を描いています。まずは、明石の御方の苦悩と決断から物語が始まります。長らく葛藤していた明石の御方は、母尼君の説得もあり、ついに娘である姫君を光源氏に委ねる決意をします。雪の降る日、光源氏が姫君を迎えに訪れる場面は、明石の御方の深い悲しみと、娘への惜別の思いが切々と表現されています。

姫君は二条院で盛大な袴着の儀式を行い、紫の上でさえ、姫君の愛らしさに心を奪われ、明石の御方への怒りも和らいでいく様子が描かれています。

しかし、その後の物語は、喜びとは対照的な悲劇へと移り変わっていきます。翌年、太政大臣（頭中将と葵の上の父）が亡くなると、その後も天変地異が相次ぎ、世の中は不安定な情勢に陥ります。そして、光源氏にとって最も大きな悲劇が訪れます。長年光源氏を支え、深く愛していた藤壺が37歳で病没したのです。

藤壺の死は、光源氏に深い悲しみをもたらします。光源氏は悲嘆にくれて、念誦堂に籠り、日夜泣き暮らしました。法要が一段落した頃、藤壺の時代から仕えていた夜居の僧が、冷泉帝に衝撃的な事実を密かに告げます。それは、冷泉帝の出生の秘密、つまり、光源氏が冷泉帝の実父であるという事実でした。

この事実を知った冷泉帝は、実父を臣下としておくことに耐えられず、光源氏に帝位を譲ろうとします。しかし、光源氏はこれを固く拒否します。帝位継承という大きな問題が、光源氏と冷泉帝の間で交錯する、物語の重要な転換期となるのです。光源氏の心情、そして帝の揺れる心、さらには周囲の人々の思惑が複雑に絡み合い、物語はさらに深い悲劇と、新たな展開へと進んでいきます。

巻名「薄雲」の意味

巻名である「薄雲」は、単なる自然現象ではなく、光源氏の心情、そして物語全体の雰囲気を表す象徴的な言葉として捉えることができます。薄く、儚げな雲のように、光源氏の悲しみは深いものであり、また、物語全体を覆う不安定な情勢を暗示していると言えるでしょう。

参考資料

渋谷栄一による定家本の本文・現代語訳
『源氏物語　19 薄雲』：新字新仮名 - 青空文庫（与謝野晶子訳）

もう一度検索