薔薇冠の祝祭

『薔薇冠の祝祭』の詳細解説

『薔薇冠の祝祭』（ばらかんのしゅくさい、独: Rosenkranzfest、英: The Feast of the Rosary）は、ドイツ・ルネサンスの巨匠アルブレヒト・デューラーが1506年に制作した板上の油彩画であり、現在はチェコのプラハ国立美術館に所蔵されています。この作品は、チェコの美術史家ヤロスラフ・ペシナによって「おそらく、ドイツの画家がこれまでに制作した最も素晴らしい絵画」と評されるほどの傑作です。

歴史的背景

この絵画は、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世とローマ教皇ユリウス2世の仲介者であった銀行家ヤーコプ・フッガーによって、デューラーに委嘱されました。しかし、制作が行われたのはデューラーがヴェネツィア滞在中の時期です。制作契約は、デューラーの故郷であるニュルンベルク出身の商人たちや、フッガー家の支援を受けた他のドイツの都市出身の商人たちの兄弟団によってヴェネツィアで更新されました。これらの商人たちはフォンダコ・ディ・テデスキで活発に活動しており、彼らの兄弟団は1474年にヤコプ・シュプレンガーによって設立されました。契約では、絵画は1506年6月までに完成され、ヴェネツィアの中心部であるリアルト地区の聖バルトロメオ教会に飾られる予定でした。

契約において「薔薇冠の祝祭」が描かれることになったのは、ヴェネツィアに派遣されていたドイツ人たちが「薔薇冠の聖母マリア」を特に信仰していたためです。

制作の過程

デューラーが絵画を制作中の1506年9月には、ヴェネツィアの統領、大司教、貴族、そして多くの芸術家たちがデューラーの工房を訪れ、制作中の絵画を見学しました。デューラーは後にニュルンベルクの議会への手紙でこの訪問について触れ、ヴェネツィア共和国の公式画家になるという統領からの申し出を断ったと述べています。工房を訪れた画家の中には、ヴェネツィア派の巨匠ジョヴァンニ・ベッリーニも含まれていた可能性があります。

作品は1606年に神聖ローマ皇帝ルドルフ2世によって購入され、プラハに移されました。当初はストラホフ修道院に収蔵されましたが、その後ルドルフ宮殿（ルドルフィヌム）に移され、最終的にはプラハ国立美術館に収蔵されることとなりました。数世紀にわたる修復作業を経ているものの、絵画の表面には損傷が見られます。

絵画の構成と詳細

絵画の中央には、玉座に座り幼子イエスを抱く聖母マリアが描かれており、天使たちが金、真珠、宝石で飾られた冠を持って飛んでいます。これは当時、ドイツで普及していた初期フランドル派美術の図像です。玉座の背面は緑色の布とバルダッキーノで覆われており、バルダッキーノは2人の飛翔する智天使によって支えられています。聖母の足元に座る天使がリュートを演奏しているのは、ジョヴァンニ・ベッリーニの祭壇画へのオマージュと考えられています。

聖母マリアは、左右対称に配置された2列の崇拝者たちに薔薇の冠を差し出しています。左側の列の先頭には、幼子イエスによって戴冠されるローマ教皇ユリウス2世がおり、右側の列の先頭には聖母マリアによって戴冠される神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世が描かれています。フリードリヒ3世の隣には、デューラーの庇護者であった息子のマクシミリアン1世が描かれています。

教皇と皇帝は、カトリック世界における最高権威者として、マリアの前に跪き、幼子イエスから祝福を受けています。聖母の側には聖ドミニクスがおり、花の冠を配っています。左端には、ヴェネツィアの大司教アントニオ・ソリアーノと、当時サン・バルトロメオ教会の司祭であったブルカルト・フォン・シュパイアーが描かれています。右側の背景にはアルプスの風景が広がり、その近くには画家の自画像と碑文が記されたカルトゥーシュ（紙片）が描かれています。画家の隣には、ヴェネツィアの「薔薇冠兄弟団」の創立者レオンハルト・フィルトが、その背後には新しいフォンダコ・ディ・テデスキの建築家であるアウグスブルクのヒエロニムスがいます。

美術的特徴と解釈

この作品は、ジョヴァンニ・ベッリーニの『サン・ジョッベ祭壇画』や『聖ザカリア祭壇画』などの影響を受けており、静かで荘厳な雰囲気を醸し出しています。特に、中央のリュートを弾く天使はベッリーニの作品からの影響が顕著です。しかし、作品の約3分の2は後世の補筆によるもので、人物の頭部や画面の一部が書き換えられているため、人物の特定が難しい部分もあります。

作品は、マクシミリアンの最初の妻マリー・ド・ブルゴーニュに捧げられた作品とも解釈されています。聖母（マリー・ド・ブルゴーニュの姿）は、幼子イエス（カスティーリャ王フェリペ1世）を抱き、マクシミリアンの頭に薔薇の冠を乗せています。マクシミリアンと父フリードリヒ3世は、1475年にケルンで設立された「薔薇冠兄弟団」のメンバーでした。また、1518年にデューラーが描いた『聖母の死』も、マリー・ド・ブルゴーニュの死の場面をマクシミリアンやフェリペ1世が囲む姿を描いたものでした。

音楽学者のデヴィッド・ローゼンバーグは、この絵画がハインリヒ・イザークのモテット「ヴィルゴ・プルデンティッシマ」の視覚的表現であると指摘しています。このモテットは、「最も慎ましい聖母が、自ら天の女王として戴冠する時に、賢王に戴冠する」という意味を持ち、絵画と音楽の両方が、教会を介さずに「天の女王」から直接正当性を得るという思想を表していると解釈されています。

この作品は、ヴェネツィアの画家たちから「版画はうまいが、絵画では色の使い方を知らない」と批判されたデューラーが、ヴェネツィア絵画の色彩や祭壇画の構成法を取り入れ、自らの才能を証明するために描いたものとも言われています。デューラーはカルトゥーシュに「ドイツ人デューラー」と誇らしげに署名しており、この作品がドイツとヴェネツィアの美術が融合した幸福な結実であることを示しています。

参考文献

Pešina, Jaroslav (1962). German Painting of the 15th and 16th Centuries. Czechoslovakia: Arita
Porcu, Costantino, ed (2004). Dürer. Milan: Rizzoli
Rothenberg, David J. (2011). “The Most Prudent Virgin and the Wise King: Isaac's Virgo prudentissima Compositions in the Imperial Ideology of Maximilian I”. Journal of Musicology* 28 (1): 34–80. doi:10.1525/jm.2011.28.1.34

この作品は、デューラーの卓越した技術と、ルネサンス期の宗教的、政治的、文化的な背景を深く反映した傑作として、今日でも高く評価されています。

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