蝶口蓋動脈

蝶口蓋動脈（ちょうこうがいどうみゃく）とは

蝶口蓋動脈は、人間の頭頸部に位置する血管の一つで、顔面の主要な動脈である顎動脈から分岐する比較的太い終末枝です。この動脈は、鼻腔の奥深くに血液を供給する非常に重要な役割を担っています。その名前は、走行する経路が蝶形骨と口蓋骨に関連する領域を通ることに由来すると考えられます。

解剖学的経路

この動脈は、頭蓋骨の深部、具体的には頬骨の後方にある翼口蓋窩（よくこうがいか）と呼ばれる複雑な空間で、顎動脈の終末部から分岐してその走行を開始します。分岐後、蝶口蓋動脈は、翼口蓋窩の東壁に開いている小さな孔である蝶口蓋孔を通過します。

蝶口蓋孔を抜け出た動脈は、鼻腔の内部へと進入します。主に鼻腔の奥、特に上鼻道（じょうびどう）の後方に沿って走行し、ここでいくつかの重要な枝を分岐させます。これらの枝には、鼻腔の後壁や上咽頭の一部に血液を供給する最上咽頭動脈や、鼻腔の外側壁の後部に分布する外側後鼻動脈（または外側後鼻枝と呼ばれることもあります）が含まれます。

その後、蝶口蓋動脈の主幹は、鼻腔の中央部を左右に隔てる鼻中隔に向かってさらに走行を続けます。蝶形骨の下面付近を通過した後、最終的に鼻中隔の後方でその走行を終え、この領域に血液を供給する中隔後鼻枝へと移行します。このように、蝶口蓋動脈とその枝は、鼻腔の広範な領域、特に後方および下方の粘膜組織への血流供給において中心的な役割を果たしています。

臨床的意義

蝶口蓋動脈は、臨床的に非常に重要な血管として認識されています。その最大の理由は、この動脈が重症の鼻出血（鼻血）の主要な原因血管の一つであるからです。鼻出血はしばしば鼻腔前方の血管網（キーセルバッハ叢など）からの出血が多いですが、蝶口蓋動脈やその枝からの出血は、出血量が多く、自然に止まりにくく、場合によっては生命に関わる状態となることがあります。

このような重症の鼻出血が発生した場合、止血を目的とした治療が必要となります。蝶口蓋動脈からの出血が疑われる、あるいは特定された場合、治療法として主に二つの選択肢があります。一つは、鼻内視鏡を用いた血管の結紮術（けっさつじゅつ）です。これは、細く長い内視鏡を鼻腔内に挿入し、出血している蝶口蓋動脈またはその原因となる枝を直接確認しながら、外科的に血管を糸などで縛り、血流を遮断する手技です。内視鏡を使用することで、鼻腔の奥深くに位置する血管を比較的低侵襲に治療することが可能となります。

もう一つの治療法は、血管塞栓術（けっかんそくせんじゅつ）です。これは、足の付け根などの血管から細いカテーテルを挿入し、X線透視下で目的の蝶口蓋動脈まで誘導し、ゼラチンスポンジやコイルなどの塞栓物質を血管内に注入して血流を人工的に遮断する手技です。この方法は、血管が特定しにくい場合や、解剖学的に結紮が困難な場合、あるいは結紮術を行っても出血が再発した場合などに選択されることがあります。塞栓術は外科的な切開を伴わないため、患者への負担が少ないという利点がありますが、塞栓物質が目的外の血管に流れてしまうなどの合併症のリスクも考慮する必要があります。

このように、蝶口蓋動脈は鼻腔の血流供給において重要であると同時に、重篤な鼻出血の原因となりうる血管として、その解剖学的知識と臨床的対応は耳鼻咽喉科領域において極めて重要です。

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