行灯

行灯：日本の伝統照明とその変遷

行灯は、ろうそくや油を燃料とする伝統的な照明器具です。持ち運び可能なものから室内に置く据え置き型、壁掛け型など、様々な形態が存在しました。名前の由来は、元々は持ち運ぶための灯明であったことにあります。「行灯」の字が当てられ、これが「あんどん」という音読みになったのです。携行用の行灯は後に提灯に取って代わられるようになり、現在では据え置き型が主流となっています。

江戸時代の普及と庶民の生活

行灯が広く普及したのは江戸時代です。それ以前は、単純な火皿に風よけがない灯明が用いられていました。行灯は、火皿を囲む風よけの構造が特徴です。竹、木、金属などの枠に和紙を張り、その中に油を注いだ火皿を置き、灯心に火を灯して使いました。

燃料には菜種油や魚油が用いられましたが、魚油は安価な反面、煙や悪臭がするという欠点がありました。有名な「化け猫が行灯の油をなめる」という伝説は、この魚油の使用に由来すると言われています。

明治時代以降の変遷と現代への継承

明治時代に入ると、石油ランプの普及により、菜種油を用いた行灯は徐々に姿を消していきました。しかし、地方部では昭和初期頃まで使用されていた地域もあったと記録されています。新美南吉の童話『おじいさんのランプ』にも、日露戦争期の農村生活において、行灯が使用されていた様子が描写されています。

現代においては、和風旅館などでインテリアとして見かけることがありますが、防災や実用性の観点から、電球やLEDを使用した電気スタンド型の行灯が多く見られます。

多様な行灯の種類

行灯には様々な種類があります。代表的なものを挙げると、

置行灯: 室内用の最も一般的なタイプ。縦長の箱型で、中には灯明を置く台があり、上部には持ち運び用の取っ手があります。灯心やろうそくを収納する引き出しを備えたものもありました。小型のものは雪洞（ぼんぼり）とも呼ばれます。
掛行灯: 店の軒先などに掛け、屋号や商品名を書いた看板として用いられました。飲食店などで多く見られました。
遠州行灯: 円筒形で、一部が開いている置行灯。ここから点火・消火の操作をしたり、光量を調節することができました。小堀遠州の発明とする説もあります。
有明行灯: 小型で、就寝時に枕元に置いて使われました。窓がついており、光量調節が可能なものが多かったです。名前の由来は、夜が明けてもまだ灯りが残っている様子を、有明の月に例えたものです。
書見行灯: 外装の一部が丸く抜かれており、そこにガラスやレンズが嵌め込まれていて、書物を読むのに適した構造になっています。
八間行灯: 大きく平たい形状で、天井から吊り下げるタイプ。湯屋、寄席、居酒屋など、広い空間を明るく照らすのに用いられました。
辻行灯: 辻番所などの前に立てられた行灯。現代の街灯の原型と言えるもので、防犯効果も期待されていました。

行灯から派生した事物

行灯は、現代社会においても様々な形でその名残を見ることができます。

祭・イベント: 富山県の夜高行灯、京都の花灯路など、多くの祭やイベントで、行灯が用いられています。
照明器具: 工場などの表示灯、タクシーの屋根上灯、消防車の所属表示灯など、様々な場面で「行灯」と呼ばれている照明器具があります。
看板: アクリルやガラス製の行灯看板は、内側から光を照らす構造となっています。
舞台照明: 舞台や映画のセットで、照明器具を入れる箱型の構造を「行灯造り」と呼びます。
その他: アンドンクラゲ、行灯凧など、形状から行灯に例えられるものもあります。

行灯は、単なる照明器具としてだけでなく、日本の文化や歴史を象徴する存在です。その歴史と多様な形態、そして現代における様々な派生形態を知ることで、日本の伝統文化への理解が深まるでしょう。

もう一度検索