衣桁

衣桁（いこう）とは、日本の伝統的な家具の一つです。主に着物などの和装衣類を掛けておくために考案されました。その特徴的な形状は、神社の鳥居に似ており、二本の垂直な柱とそれらを繋ぐ一本の水平な貫（ぬき）から構成されるのが基本です。この構造により、安定して衣類を掛けることができます。

衣桁には、大きく分けて二つの形式があります。一つは、一枚の衝立（ついたて）のように自立する衝立式衣桁です。シンプルで堅牢な作りが特徴です。もう一つは、中央部分に蝶番（ちょうつがい）が取り付けられており、二枚に折りたたむことができる屏風式衣桁（びょうぶしきいこう）、または衣桁屏風（いこうびょうぶ）と呼ばれるものです。屏風式は、使用しない時にコンパクトに収納できたり、移動が比較的容易であるという利点があります。

一般的な衣桁の高さは、およそ2メートル程度と、成人した人の身長よりも高めに設計されています。これは、丈の長い着物を地面に引きずることなく、美しく吊るすために必要な高さです。設置場所としては、主に和室の空間、特に部屋の隅などに置かれることが一般的です。部屋の角に置かれた衣桁は、空間に垂直なラインを生み出し、室内に落ち着きと引き締まった印象を与えます。

衣桁には様々な素材や装飾が施されています。多くは木製で、その表面には美しい漆塗り（うるしぬり）が施されることが一般的です。色は、深みのある黒漆や、鮮やかな朱漆（しゅうるし）がよく用いられます。さらに、高級なものになると、漆の上に金や銀を用いて絵や文様を描く蒔絵（まきえ）の技法が施され、調度品としての豪華さや芸術性を高めています。中には、現代的な使い勝手を考慮し、衣桁の上部に帽子や小物を掛けられるフックが付加されたものも見られます。

歴史を遡ると、衣桁は古くは「衣架（いか）」など、現在とは異なる呼び方で称されていた時期もありました。呼び名の変化は、時代とともに家具としての衣桁の役割や位置づけが変遷してきたことを示唆しています。

衣桁の持つ役割は、単なる衣類収納具に留まりませんでした。それはまた、優れた室内装飾品としての機能も兼ね備えていました。特に、意匠を凝らした美しい着物を衣桁にかけて見せる「衣桁飾り（いこうかざり）」は、部屋に華やかさや季節感を添え、住む人の美意識を表現する手段となりました。このような、衣桁に掛けられた着物のみを描く表現は、日本の伝統美術、特に屏風絵の画題としてしばしば取り上げられています。「誰が袖図屏風（たがそでずびょうぶ）」などがその代表例です。これらの絵は、描かれていない人物の存在を、衣桁に掛けられた着物を通して示唆するという、見る者に想像力を掻き立てさせる粋な表現方法であり、そこに宿る物語や情感を暗示しています。

特定の地域においては、衣桁が特別な文化的意味合いを持つこともありました。例えば、福井県の嶺北地方では、衣桁が重要な嫁入り道具の一つとされていました。さらに興味深いことに、嫁ぎ先の家に運び入れる品々の中でも、最初に家の中に入れるものとして位置づけられていたと言われています。これは、新しい家庭で衣類を整え、生活を始めるための基盤を築く道具としての重要性や、嫁入りの際の晴れ姿を飾る象徴としての意味合いが込められていた可能性が考えられます。

現代においては、ライフスタイルの変化や住空間の変化に伴い、衣桁が一般的な家庭で使用される機会は大変少なくなりました。洋服中心の生活になり、衣類収納はクローゼットやたんす、モダンなハンガーが主流となったためです。しかし、衣桁が完全に姿を消したわけではありません。その美しさや独特の機能性は、現代においても特定の用途で活用されています。例えば、呉服店などで開催される「お見立て会（おみたてかい）」といった催事では、お客様が着物を試着する際に、その美しさを際立たせるディスプレイ什器として用いられています。また、博物館や美術館においては、収蔵されている貴重な着物や歴史的な衣装を展示する際に、その形状を保ちつつ見せるための陳列具として利用されています。このように、現代では主に商業空間や文化施設において、その伝統的な美観と機能性を活かした形で活用され続けています。

衣桁に関連する言葉としては、「衣紋掛け（えもんかけ）」が挙げられます。これは現代でいう衣類用ハンガーに近いもので、衣類を掛けるという基本的な用途は共通していますが、衣桁とは異なり、より携帯性や簡便さに特化しています。形状や装飾性においても衣桁とは大きく異なります。

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