要約筆記

要約筆記（ようやくひっき）

要約筆記は、聴覚に障害を持つ方々への重要な情報保障手段の一つです。これは、話されている内容をその場で聞き取り、リアルタイムで内容を要約しながら文字に変換し、視覚的に伝えることを指します。音声情報をそのまま記録する行為とは異なり、あくまで文字を通じて聴覚障害者のコミュニケーションを円滑にすることを目的としています。

主な対象となるのは、手話を第一言語としない中途失聴者や難聴者の方々です。一般的に「聴覚障害者＝手話を使う」というイメージがありますが、実際には手話のみで全てのコミュニケーションを行う方は多数派ではありません。特に、人生の途中で聴力を失った方や、生まれつき聞こえにくい方（難聴者）の中には、音声言語を母語とし、文字の読み書き能力が高い方が多くいらっしゃいます。こうした方々にとって、要約筆記は培ってきた識字能力を活用できる主要な情報保障手段となり、手話は会話を補助する形で用いられることも増えています。また、特定の音域が聞き取りにくいなど、多様な聴覚特性を持つ人々にとっても、音声情報と合わせて文字情報が提供されることで、内容理解が容易になるという利点があります。

要約筆記の作業に従事する人々は、要約筆記者、要約筆記奉仕員、ノートテイカーなどと呼ばれます。彼らは単に文字を書くだけでなく、内容を適切に要約するスキルが求められます。

実施形態

要約筆記は、その実施場所や利用者の状況、利用できる機材に応じて、最適な形式が選択されます。主な実施形態には以下のようなものがあります。

筆談要約筆記（ノートテイク）: 最も手軽な形式です。話された内容を紙やホワイトボードに手書きしたり、ノートパソコンなどに入力したりして文字化します。場所を選ばず、病院や冠婚葬祭、学校の授業など幅広い場面で活用されています。

OHP要約筆記: オーバーヘッドプロジェクター（OHP）を使用する方式です。屋内でスクリーンが利用できる場合に適しており、比較的少ない機材で実施可能です。巻物状のOHPシートにフェルトペンで文字を書き、それをスクリーンに投影します。筆記者は強い光源を注視するため、専用のサングラスや、滑りの良い手袋を着用することがあります。筆記者に加え、シートを進める補助者など複数人での連携が必要となる場合があります。

OHC要約筆記: オーバーヘッドカメラ（書画カメラ）を用いる方式です。屋内で、紙に書いた文字や資料をカメラで読み取り、スクリーンに映し出します。OHPと比べて強い光源がないため、筆記者の身体的な負担が軽減されます。既存の紙資料をそのまま映せるため、資料が多い講演会などで融通が利きますが、一方で機材が高価になる傾向があります。

パソコン要約筆記: パソコンに入力した文字情報を、プロジェクターなどを通してスクリーンに表示する方式です。単語登録機能などを活用した専用のソフトウェア（IPtalk、ITBC2など）や汎用ソフト（ワープロ、テキストエディタなど）を用いて入力します。他の手書き方式と比較して、提供できる情報量が格段に多いのが特徴です。入力方法には、一人の筆記者がすべてを入力する「一人入力」と、複数人で協力して一文を完成させる「連係入力」があります。実施者には、一般的な要約筆記の知識やスキルに加え、確実なタッチタイピング能力、さらにはパソコン操作、ネットワーク環境、専門ソフトウェアに関する知識が求められます。情報量が多くなるため、読み手の理解度やスピードに合わせた適切な情報提供を考慮する必要があります。事前に音声情報が確定している場合などには、前ロール（送信テンプレート）を作成しておくことで、より正確かつ迅速な表示が可能になる専用ソフトもあります。

近年では、全国障害者スポーツ大会での大型映像装置への表示や、モバイル機器を活用した例も見られます。また、インターネットやテレビ会議システムを応用し、遠隔地から要約筆記を行う試みや、携帯電話で音声を遠隔地に送り、文字をインターネットで送り返すシステムによる情報保障も登場しています。

要約筆記の基本原則

要約筆記を行う上で、従事者が守るべき重要な原則があります。「速く、正確に、読みやすく、私感を含めず、秘密を守る」という五つの基本原則です。

速く: 情報伝達に時間差があると、会話のテンポが遅れたり、健聴者と同じタイミングで行動できなかったりするなど、利用者の生活の質（QOL）に影響が出ます。可能な限り迅速に情報を伝えることが重要です。

正確に: 間違った情報は、利用者の理解やその後の行動に深刻な影響を与える可能性があります（例：集合時間の間違いなど）。不正確な情報を提供するくらいなら、情報がない方が確実に行動できる場合もあるため、正確な情報伝達が絶対的に求められます。

読みやすく: 手書きの場合は文字の崩れや大きさ、パソコンの場合は表示方法によって文字が読み取りにくくなることがあります。利用者がストレスなくスムーズに情報を読み取れるような配慮が必要です。

私感を含めず: 要約筆記者はあくまで通訳者としての役割に徹する必要があります。個人的な解釈や感情、意見を挟んだり、依頼者が発言していない内容を勝手に付け加えたりすることは厳禁です。

* 秘密を守る: 要約筆記を行う場は多岐にわたり、病院など個人的な情報が多く含まれる場面に立ち会うことも頻繁にあります。業務上で知り得た個人情報については、厳格な守秘義務が課せられます。たとえボランティアであっても、この守秘義務が守れない人は要約筆記の従事者として不適格とされます。

これらの原則は、要約筆記が信頼できる情報保障手段として機能するために不可欠です。

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