覚勝院抄

『覚勝院抄』：室町時代の『源氏物語』注釈書

『覚勝院抄』は、1571年（元亀2年）に成立した『源氏物語』の注釈書です。全25巻からなる大部の注釈書であり、著者は「覚勝院」とされています。この名称は、大覚寺の塔頭とその住持の院号に由来するもので、室町時代から江戸時代にかけて複数の僧侶が名乗っていた可能性が高く、特定の人物に断定することは困難です。しかしながら、多くの資料から、この覚勝院は三条西実隆と親交があり、『源氏物語』について議論を交わしていた人物であったと推測されています。甘露寺家と関係の深い僧侶が『覚勝院抄』の著者候補として挙げられており、その特定に向けた研究が続けられています。

重要な特徴：桐壺巻・帚木巻後記説

『覚勝院抄』は、『源氏物語』の成立過程に関する重要な情報を提供しています。特に注目すべきは、桐壺巻と帚木巻の後記説です。

桐壺巻後記説: 桐壺巻は光源氏誕生の物語の後に執筆されたとする見解。
帚木巻後記説: 帚木巻は須磨明石巻の後に執筆されたとする見解。

これらの後記説は、近代になってから唱えられた説とされていましたが、『覚勝院抄』はそれらよりも遥か昔に、すでにこれらの見解が認識されていたことを示しています。このことは、『源氏物語』の成立過程や本文の変遷を解明する上で、非常に重要な手がかりとなります。

伝本の多様性

『覚勝院抄』の伝本は、大きく三つのグループに分類されます。それぞれに特徴があり、写本間での差異も少なくありません。

1. 初期稿本系グループ: 「聞書」としての性格が強く、記述の重複など未整理な部分も見られます。
穂久邇文庫所蔵本
国立国会図書館蔵本（伊達観蘭旧蔵本）
天理図書館蔵本甲本（万治奥書本）

2. 通行本グループ: 「聞書」的な性格は薄れ、『覚勝院抄』という固有の注釈書としての性格が強まっています。多くの写本がこのグループに属します。
宮内庁書陵部蔵甲本（桂宮本）
宮内庁書陵部蔵乙本（鷹司本）
東京大学国語研究室蔵本
静嘉堂文庫蔵本
天理図書館蔵本乙本（九条家旧蔵本）
天理図書館蔵本丙本（青谿書屋旧蔵本）
天理図書館蔵本丁本（桃園文庫旧蔵本）
天理図書館蔵本戌本（白水蔵書本）
中田剛直旧蔵本
学習院大学蔵本（三条西家旧蔵本）
東海大学桃園文庫蔵本
野村精一架蔵本

3. 増補本グループ: 後世の書物からの加筆が見られる写本です。江戸時代中期以降の写本のみが現存しています。
実践女子大学図書館常磐松文庫蔵本
実践女子大学文芸資料研究所蔵本（三条西家旧蔵本）
東京大学総合図書館蔵本（足代弘訓書入本）

翻刻

『覚勝院抄』は、複数の研究者によって翻刻されています。特に野村精一氏、上野英子氏による汲古書院からの刊行は、広く知られています。また、実践女子大学文芸資料研究所による翻刻も、貴重な資料となっています。これらの翻刻は、『源氏物語』研究において重要な役割を果たしています。

まとめ

『覚勝院抄』は、成立時期が古く、様々な系統の写本が存在することから、『源氏物語』の成立過程や解釈の歴史を研究する上で欠かせない資料と言えます。特に、桐壺巻・帚木巻の後記説は、従来の研究に新たな視点を提供し、今後の研究の発展に大きく貢献するでしょう。さらに、覚勝院という人物像や、写本間の差異を詳細に検討することで、『源氏物語』理解を深める上で重要な知見が得られると期待されます。今後の研究によって、さらに多くのことが明らかになることが期待されます。

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