誑

仏教において、心の汚れ、すなわち煩悩の一つとして挙げられるのが「誑（おう）」です。これはサンスクリット語の「māyā（マーヤー）」に由来し、端的に言えば「欺瞞」を意味します。

誑とは、自分の内なる真実や動機を隠し、あたかも自身が善良で徳の高い人物であるかのように偽り見せかける心のあり方を指します。その根底にあるのは、自分自身の個人的な利益や、世間からの評価、すなわち名声や利得を得ようとする強い欲求です。この目的のために、心の中で様々な策略や計略を練り、それを表面には出さずに振る舞います。これは自己を飾り立て、他者を欺くための偽善的な心と言えるでしょう。

仏教の教えでは、心の働きや煩悩を詳細に分析・分類しています。部派仏教の一つである説一切有部では、すべての存在するものを五つのグループと七十五の要素（五位七十五法）に分類しますが、その中で誑は「小煩悩地法」の一つとされています。これは、常にではなく特定の状況下で生じやすい比較的小さな煩悩群に属することを意味します。一方、大乗仏教の唯識派では、心の作用である「心所」を根本煩悩とそれに付随する随煩悩に分類します。唯識思想の基本的な文献である『大乗百法明門論』によれば、誑は「随煩悩」のうちの「小随煩悩」に分類されています。随煩悩とは根本煩悩に随伴して起こる心の汚れであり、小随煩悩はその中でも比較的軽微であるか、あるいは特定の状況で顕著になる性質を持つと考えられています。このように、誑は自己中心的な動機から生じる欺瞞と偽りの心であり、仏教が克服すべき煩悩として位置づけられています。この煩悩を深く理解し、その働きを見抜くことは、真実の自己を見つめ、清らかな心を育む上で重要な課題となります。

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