誰にも言わない

宇多田ヒカル「誰にも言わない」：欲望を肯定する、深淵なる音楽世界

「誰にも言わない」は、宇多田ヒカルが2020年5月29日にリリースした配信限定シングルであり、前作「Time」からわずか3週間後のリリースとなりました。この楽曲は、宇多田自身が出演する「サントリー天然水」TV-CMシリーズの第5作目「光も風もいただきます。」篇に使用され、CMとともに大きな話題を呼びました。

制作の背景

新曲発表に先駆け、2020年4月17日に宇多田ヒカルが出演する「サントリー天然水」の新CMに「誰にも言わない」が起用されることが発表されました。同日には、本楽曲を使用したCMの30秒と60秒の2バージョンがWEB限定で公開され、楽曲のリリース日も公表されました。この楽曲は、宇多田にとって2020年第2弾シングルであり、12作目の配信限定シングルとなります。また、ストリーミングでの同時解禁シングルとしては、「Face My Fears」「Time」に続く3作目です。

制作と録音

「誰にも言わない」は、ロンドンの名門アビーロード・スタジオで録音されました。エンジニアは、復帰以降の宇多田の全楽曲を手がけてきたスティーヴ・フィッツモーリスが担当。さらに、今回はボーカルの録音を宇多田自身が行いました。ギターは、『Fantome』以降、宇多田の楽曲に参加しているベン・パーカー、サックスはジャズサックス奏者でラッパーのソウェト・キンチが演奏しています。

パーカッションは、「ともだち with 小袋成彬」(2016年) で参加したウィル・フライが担当。ウドゥ、ボンゴ、シェイカー、カホン、カシシ、シーズ、ラトル、カイシャ、サンダー・ドラム、コンガなど、多種多様な楽器が使用され、楽曲に奥行きを与えています。

音楽性

この楽曲は、厚く繊細なサウンドのレイヤーと、16ビートに対して三連を基調とした浮遊感が特徴的なR&Bナンバーです。太めのサックスの音色、多様なパーカッションが刻むリズム、そしてエレクトロニカ、ヒップホップ、ジャズに通じる現代的な音楽性が融合しています。ダンス・ミュージックやアンビエント・ミュージックの要素も感じられます。

歌詞では、主人公の"欲望"が直接的に表現され、自身の欲望と刹那的な快感に対する純粋な"肯定"がストレートに描かれています。また、「感性を磨くことの重要性」も強調されており、聴く者の心に深く響きます。

評価と批評

ロックバンドTHE NOVEMBERSは、「宇多田ヒカルの新曲・才能に、まるで恋をしているかのような状態になってしまい、心がざわついています」とコメントし、楽曲への強い感銘を表明しました。

音楽評論家のimdkmは、リアルサウンドの記事で本楽曲を「『Fantome』『初恋』を経て、いっそうのクリエイティブな飛躍を感じる濃密な作品」と評価し、サウンドが折り重なってテクスチャーを形成し、スケール感の大きな世界を創り出す手腕が、共同プロデューサーである小袋成彬の最新アルバム『Piercing』を彷彿とさせると述べています。

音楽レビューサイト「Mikiki」の天野龍太郎は、「『Fantome』と『初恋』で挑んだリズムやフロウの挑戦が、アトモスフェリックでなめらかなR&Bとして表現されている」と評しました。

音楽プロデューサーの冨田恵一は、リアルサウンドのSpotifyオリジナルPodcast番組「TALK LIKE BEATS」で、本楽曲について「跳ねた三連符がスクエアな16ビートの上に意識的に置かれている」と分析し、印象的なリフレインがアンビエントでトランスのような味わいを生み出していると指摘しました。

CMとプロモーション

「誰にも言わない」は、「サントリー天然水」TV-CMシリーズ第5作目「光も風もいただきます。」篇に起用され、CMの30秒バージョンと60秒バージョンでは、楽曲の異なる箇所が使用されています。CM撮影は、前回までの山、川、雪というシチュエーションから一転し、今回は"活きた水"を表現するために「滝」が舞台となりました。宇多田が焚き火で暖を取りながら詩を朗読するシーンでは、当初、制作チームが用意した詩集の一節を朗読する予定でしたが、宇多田自身の提案により、楽曲「誰にも言わない」の世界観と重なるイギリスのロマン派詩人ワーズワースの詩の一節（国木田独歩訳）が選ばれました。この演出に関して宇多田は、「詩も朗読すると歌になるので自分の歌が流れている状況だとぶつかってしまうかなと思ったんですけど、それが私の歌の歌詞ともすごく意味がピッタリだったので、そこもすごく楽しかったです」と語っています。なお、朗読された詩は「月光をして汝の逍遙を照らしめ（よ）、（霧深き）山谷の風をしてほしいままに汝を吹かしめよ。」です。

また、前作「Time」と同様に、本楽曲の配信開始に先駆けてオリジナルTシャツが抽選で当たるキャンペーンが開催されました。さらに、リリースを記念してオリジナル歌詞サイトもオープンし、「誰にも言わない」の歌詞全編と宇多田本人による英語訳詞が公開されました。歌詞サイトでは、歌詞のパートごとに感想をSNS上に投稿したり、他の人の感想を閲覧したりすることができます。2020年5月の日曜夜に5週連続で配信されたインスタライブ番組『自宅隔離中のヒカルパイセンに聞け！』の最終回では、宇多田ヒカルが本楽曲のキーボード弾き語りを披露しました。

チャート成績

「誰にも言わない」は、初動3日間で1.4万ダウンロードを売り上げ、Billboard JAPAN Download Songsで3位に初登場し、総合チャートでは29位を記録。オリコン週間デジタルシングルランキングでも初登場3位を獲得しました。

「誰にも言わない」は、宇多田ヒカルの新たな音楽性を提示した意欲作であり、彼女の表現力の深さと幅広さを改めて感じさせる楽曲と言えるでしょう。

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