謄写版

謄写版：孔版印刷技術の進化と普及

概要

謄写版（とうしゃばん）、別名ガリ版は、孔版印刷の一種であり、19世紀後半に発明されて以降、1世紀近くにわたり世界中で広く使われた軽印刷技術です。米国の発明家トーマス・エジソンが1870年代に開発した技術を基に、A・B・ディック社が「ミメオグラフ」として商品化、爆発的な普及を遂げました。手回し式の謄写器から、自動化された輪転謄写機へと進化を遂げ、事務作業や広報活動、さらには革命運動やレジスタンス活動にも利用されるなど、社会に大きな影響を与えました。シルクスクリーン印刷やプリントゴッコ、リソグラフとは異なり、原紙とスクリーンという2つの要素を用いるのが最大の特徴です。

原理

1. 製版

製版には、ロウ紙と呼ばれる特殊な紙を使用します。この紙に、鉄筆と呼ばれる先の尖った器具で強く押し付けることで、ワックスが削られ、インクが透過する微細な穴が開けられます。この製版作業は「ガリを切る」とも呼ばれ、その擬音から「ガリ版」という俗称が生まれました。他に、タイプライターで直接原紙に打刻する方法や、放電を用いた製版機なども存在しました。

2. 印刷

印刷には、スクリーンを張った木枠を持つ謄写器を使用します。原紙をスクリーンに固定し、インクをローラーで塗布、紙に圧着することで、インクが原紙の穴を透過して印刷されます。輪転謄写機では、スクリーンと原紙がドラムやローラーと連動して回転することで、自動的に印刷が行われます。単胴式と複胴式があり、それぞれインク供給機構に違いがあります。初期のインクはラノリンが主体でしたが、後に水中油滴エマルジョンが主流となりました。ただし、原紙の耐久性は低く、数回使用すると印刷品質が劣化しました。

歴史

1. 前史

謄写版の起源は、1869年に開発されたヘクトグラフや1875年のオフセット印刷などの新しい印刷技術が登場する中で、1874年にエウジェニオ・デ・ズッカートが考案した「パピログラフ」に遡ります。トーマス・エジソンも1875年に「オートグラフィック印刷」を発明、特許を取得しており、これが後の謄写版技術の基礎となりました。

2. ミメオグラフの登場

エジソンは1880年、鉄筆とヤスリ盤を用いた改良された製版方法を発明しました。A・B・ディック社はエジソンからライセンスを取得し、この技術とワックス原紙を用いて「ミメオグラフ」を開発、1887年から販売を開始しました。ミメオグラフは、謄写器本体、鉄筆、原紙、インクなど、印刷に必要な資材一式をセットにした商品でした。また、タイプライターによる製版も普及しました。

3. サイクロスタイルと自動謄写器

イギリスでは、デイビット・ゲステットナーが1881年に「サイクロスタイル」を開発しました。これはミメオグラフと同様の技術ですが、製版器具に違いがありました。ゲステットナー社は1891年に自動謄写器「オートマチック・サイクロスタイル」を発表し、印刷効率の大幅な向上に貢献しました。

4. 輪転謄写機の開発と普及

1898年、ネオスタイル社（後のロネオ社）は、スクリーンと原紙をドラムに固定して回転させる単胴式輪転謄写機「ロータリー・ネオスタイル」を開発しました。A・B・ディック社も追随し、輪転謄写機の普及により印刷効率は飛躍的に向上しました。謄写版は世界中に普及し、革命運動やレジスタンス活動などにも利用されました。日本でも1894年に堀井新治郎が「謄写版」を開発し販売を開始しました。

5. 製版技術の進展と謄写ファックス

19世紀末にはタイプライターによる製版が一般化しました。戦後にはボールペン原紙や感熱複写機なども登場しました。1956年には、ファクシミリ技術を用いた電子謄写製版機「謄写ファックス」が登場し、簡便な製版が可能なことから普及しました。

6. 衰退と消滅

1960年代後半からは、事務用PPC複写機の普及により、謄写版は衰退し、やがて過去の技術となりました。日本ではPPC複写機の普及が比較的遅かったため、1980年代半ばまで利用されましたが、その後はPPC複写機やデジタル孔版印刷機に取って代わられました。

主要メーカー

アメリカではA・B・ディック社、イギリスではゲステットナー社やロネオ社が代表的なメーカーでした。その他、ドイツのロト社、デンマークのレックスロータリー社、チェコスロバキアのシクロス社などが知られています。日本では、堀井謄写堂、昭和謄写堂、理想科学工業などが謄写版関連製品を製造販売していました。

結論

謄写版は、簡便で低コストな印刷技術として、長きに渡り世界中で活用されてきました。その歴史、技術的特徴、社会への影響を知ることで、現代の印刷技術の進化をより深く理解することができます。また、ガリ版伝承館などの施設は、この技術の歴史を後世に伝える重要な役割を担っています。

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