貴婦人の肖像 (コレッジョ)

『貴婦人の肖像』は、盛期ルネサンスの巨匠コレッジョが1517年から1520年頃に制作した油彩画であり、彼の作品の中でも数少ない肖像画の一つとして知られています。かつては別の画家、ロレンツォ・ロットの作品とされていましたが、画面左側の木の幹に記された署名によってコレッジョの作品であることが証明されました。現在はサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されており、その美しさと歴史的価値から多くの人々を魅了しています。

本作の初期の来歴については不明な点が多いですが、1925年以降、エルミタージュ美術館のコレクションに加えられました。絵画の様式から、コレッジョが同時期に制作したフレスコ画『カメラ・ディ・サン・パオロ』と並行して制作されたと考えられています。また、同じくコレッジョの作品である『階段の聖母』ともしばしば比較され、その画風や人物描写における共通点が指摘されています。

作品のサイズは縦103センチ、横87.5センチと大判で、画面には葉が生い茂る木（幹は蔦で覆われている）を背景に、女性の4分の3の身体が描かれています。女性の背後には深い青色で塗られた遠景が広がり、絵画に奥行きを与えています。モデルの女性は画面の左側を向いていますが、顔は鑑賞者の方にわずかに傾けられています。彼女は黒と白のローカットの衣服を身につけ、精緻な髪型をブローチで留め、金色のネックレスをしています。彼女が手にしている盃の内側にはギリシャ語の文字「NHΠENΘΕΣ」（ネペンテス）が記されており、これはホメロスの叙事詩『オデュッセイア』からの引用で「悲しみを忘れさせる薬」という意味を持ちます。また、盃の下に隠れるように見える女性の脚にはロープが確認できます。

この絵画に描かれている女性のモデルについては諸説ありますが、有力な説として、コレッジョの出身地コッレッジョの領主ジルベルト伯（1518年没）の未亡人で、詩人であったヴェロニカ・ガンバラ（1485-1550年）であると考えられています。その根拠として、彼女が身に着けている暗褐色の衣服が喪服の色であること、盃に書かれている「ネペンテス」が悲しみを忘れさせる薬として使われていること、そして膝上のロープがフランシスコ会修道会第3会の象徴であることが挙げられます。女性の衣服や宝石、そして精緻な髪型は、彼女が上流階級の出身であることを示唆しています。背景に描かれた月桂樹の木は、彼女の詩人としての才能を象徴し、「ネペンテス」という文字も彼女が詩人であることの傍証となっています。また、蔦は彼女が結婚しており（この場合未亡人である）、家庭を持っていることを象徴すると考えられています。

この作品は、単なる肖像画としてだけでなく、モデルの社会的地位や内面、そして詩人としての側面を読み解くことができる、非常に奥深い作品です。コレッジョの卓越した画力と、ルネサンス期の文化や思想が凝縮された『貴婦人の肖像』は、今なお多くの人々を魅了し続けています。

もう一度検索