赤い旗を持つおばあさん

赤い旗を持つおばあさん：プロパガンダの象徴

「赤い旗を持つおばあさん」として知られるアンナ・イワノヴナ・イワノワは、2022年のウクライナ侵攻中に、ウクライナ兵をロシア兵と誤認し、赤い旗を持って近づいたことで、図らずもロシアのプロパガンダの象徴となりました。彼女の行動は、ロシア国内で広く報じられ、記念碑、壁画、グッズなど様々な形で利用され、その意図とは異なる形で、彼女のイメージが拡散しました。

背景

アンナ・イワノヴナは、ハルキウ州の村に住む女性で、2022年春には70歳になります。彼女の村はロシア軍の攻撃を受け、通信や電気などのインフラが遮断されるなど、大きな被害を受けました。彼女はウクライナ語を母語とし、スルジク語も話します。夫はロシア出身で、以前はエレベーターのオペレーターとして働いていました。子供は4人いましたが、全て亡くしています。また、彼女は敬虔なキリスト教徒であり、ウクライナ正教会の信徒です。

映像と出来事

2022年4月初旬、ソ連の旗を掲げたイワノワが、ウクライナ兵に近づく映像が公開されました。彼女は当時、赤旗が「ロシアの象徴」であると信じており、「私たちにもロシアの旗があることを示したかった」と述べています。彼女はまた、ウラジーミル・プーチン大統領のために祈ったとも語っています。しかし、ウクライナ兵が旗を踏みつけた後、彼女は食料の提供を拒否しました。彼女は、ロシア兵だと誤認した理由について、彼らがロシア語を話していたこと、また、大統領に連絡を取れるかもしれないと考えたことを挙げています。彼女自身は、自身の行動に政治的な意味合いは無いと主張しており、旗を「愛と幸福の旗」と捉えていると語りました。

ロシアによるプロパガンダ利用

映像が公開されると、ロシアのメディアはこれを「ファシズムへの抵抗」の象徴として大々的に取り上げました。イワノワは「勇敢な女性」として称賛され、壁画や記念碑、ポスターなど、様々な形でそのイメージが利用されました。自称ドネツク人民共和国の情報省副大臣は、「ウクライナのろくでなしどもが、彼らをロシア兵と間違えて赤い勝利の旗を掲げて出迎えた老人と老婆のようなところにまで来た」と発言しました。

ロシアの国連副常任代表は、彼女を「もう一つのウクライナ」の象徴とし、軍事作戦によってウクライナが「真の善隣」の機会を得たと主張しました。ロシアのプロパガンダは、イワノワを「ナチズムとファシズムとの戦いの象徴」として祭り上げ、彼女のイメージは、占領地を含むロシアの各地で利用されるようになりました。

記念碑と壁画

イワノワの記念碑は、ロシア各地やウクライナの占領地に建てられ、その中には標準化されたプラスチック製の記念碑も含まれています。ベルゴロドでは、記念碑が破壊行為により撤去され、マリウポリでは、ロシア当局によって像の除幕式が行われました。また、ロシア全土に、イワノワを描いた壁の落書きが現れました。これは、当局が直接関与していなくても、少なくともその暗黙の承認があったことを示唆していると指摘されています。

グッズとミーム

2022年5月には、イワノワをテーマにしたグッズが多数販売され、インターネット上ではミームが作成されるなど、彼女のイメージは多方面に広がりました。この出来事は、軍事ネットミームとしても広まりました。

女性の発見とその後

イワノワは、自身の人気を知らないまま村に住み続けていました。しかし、彼女の家は砲撃で被害を受け、ウクライナ軍は彼女と夫に避難を勧めました。その後、彼女はウクライナの文化情報政策省によって発見され、インタビューに応じました。彼女はインタビューで、「ロシアがこのようなことをしたのはひどいことだ。<...>私は、ここで他には何も破壊せず、問題を平和的に解決すると言いに来たロシア人達を祝福しようと思った」と述べています。ロシアのメディアは、彼女が人質にされていると主張しましたが、イワノワ自身はそれを否定しました。その後、彼女は自宅に戻りましたが、村は依然として砲撃を受け続けています。

評価と影響

アンナ・イワノワは、プロパガンダによって利用された象徴的な人物であり、彼女の意図とは異なる形で、そのイメージが拡散しました。ウクライナでは、彼女の行動に対する批判的な意見が多く、一部の住民からは「裏切り者」とみなされています。文献学者や文化史家は、「旗を持ったおばあさん」のイメージが、ロシア政権の自己認識や、外の世界にどのように映りたいのかを象徴していると指摘しています。

ウクライナ文化省は、ロシアのプロパガンダが真実や実在の人物に関心がなく、単に都合の良いイメージを利用していると批判しています。

この出来事は、プロパガンダがどのように人々や出来事を歪曲し、政治的な目的のために利用されるかを象徴的に示しています。アンナ・イワノワ自身は、一人の年老いた女性として、思わぬ形で国際的な注目を浴びることになりましたが、その背景には、情報戦とプロパガンダの複雑な構造が存在します。

まとめ

「赤い旗を持つおばあさん」の物語は、複雑な現代の国際情勢の中で、プロパガンダが人々の生活にどのように影響を与えるかを物語っています。彼女の行動は、善意に基づいていたにも関わらず、政治的な象徴として利用され、そのイメージはロシアのプロパガンダによって大きく歪められました。この出来事は、情報の受け手として、私たち自身が真実を見抜くための批判的な視点を持つことの重要性を教えてくれます。

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