ドネツク人民共和国

ドネツク人民共和国（ロシア語: Донецкая Народная Республика、略称: ДНР / DNR）は、2014年にウクライナのドネツィク州で親ロシア派が一方的に独立を宣言した地域です。ウクライナからの分離独立を求め、武装蜂起によって実効支配を確立し、ドネツク市を「首都」と自称しました。しかし、2022年9月下旬にロシアへの併合を問う住民投票が実施され、賛成多数の結果を受けてロシアに編入されたことで、「独立国家」としてのドネツク人民共和国は消滅しました。ウクライナ政府や西側諸国は、この住民投票や併合宣言を認めていません。

概要

ドネツク人民共和国（DPR）は、ウクライナにおける尊厳の革命（ユーロマイダン）後の親ロシア派騒乱の混乱に乗じて、ルガンスク人民共和国（LPR）などとともに「独立」を宣言しました。この「独立」宣言以降、ウクライナ政府との間で武力紛争が継続しており、DPRとLPRはロシアからの支援を受けてきました。NATOやウクライナ政府は、ロシアが反政府勢力に軍事支援を行っていると主張しており、ロシアは当初これを否定していましたが、後に支援を認めています。

ウクライナ政府は、DPRとLPRをテロ組織とみなしています。また、これらの地域は、クリミア自治共和国やセヴァストポリとともに、ロシアの軍事介入によって一時的に占領されたウクライナの4地域の一部であると位置付けています。2022年2月24日以前のDPR支配地域には、ドネツク州の総人口の半分以上にあたる約200万人が居住していたと推定されています。反乱軍の支配地域は、ドネツク州全体の面積の一部に過ぎず、約7,853平方キロメートルですが、ドネツク、マケエフカ、ゴルロフカなどの主要都市を掌握していました。

2022年 2月21日、ロシアは国連加盟国として初めてDPRとLPRを「独立国家」として正式に承認しました。ロシアは、2017年からDPRが発行する身分証明書、卒業証書、出生・結婚証明書、車両ナンバープレートを既に承認していましたが、この独立承認は国際社会から強い非難を浴びています。DPRとLPRは、2021年から2022年のロシア・ウクライナ危機の中核をなす存在となりました。

名称

正式名称はロシア語で「Донецкая Народная Республика」（ラテン文字表記：Donetskaya Narodnaya Respublika）で、略称はДНР（DNR）です。ウクライナ語では「Донецька Народна Республіка」（Donets'ka Narodna Respublika）で、略称はロシア語と同じくДНРです。英語表記は「Donetsk People's Republic」で、略称はDPRです。

日本語では、ロシア語の発音に基づく「ドネツク」と、ウクライナ語の発音に基づく「ドネツィク」の2通りの表記が見られますが、日本の外務大臣談話や主要メディアではロシア語由来の「ドネツク」表記が用いられることが多いです。独立を認めない立場から括弧付きで「『ドネツク人民共和国』」と表記されることもあります。また、Twitterなどのソーシャルメディアでは、略称や俗称として「ド人共」という呼称も見られます。

歴史

2014年 4月7日、親ロシア派のデモ隊がドネツィク州議会を占拠し、「人民ソビエト」を名乗る会議を開催した後、「ドネツク人民共和国」の建国を宣言しました。この宣言はウクライナ政府から厳しく批判されました。

同年5月16日、アレクサンドル・ボロダイが首相に就任しましたが、7月18日には、デニス・プシーリン最高会議幹部会議長が「別の仕事に就く」ことを理由に辞任を表明しました。5月24日には、ルガンスク人民共和国とともに連邦国家「ノヴォロシア人民共和国連邦」の結成を宣言しましたが、2015年5月20日にこの構想は凍結されました。

2017年7月18日、当時のドネツク人民共和国首相のアレクサンドル・ザハルチェンコは、クリミアを除くウクライナ全域を対象とする新国家「マロロシア（小ロシア）」の樹立を提唱しましたが、ロシア政府は、ザハルチェンコの個人的な主導であるとし、関与を否定しました。

首長暗殺

2018年8月31日、ドネツク中心部のカフェで爆発が発生し、当時首長と首相を兼任していたアレクサンドル・ザハルチェンコが死亡しました。人民共和国の治安当局は、この爆発をテロ攻撃と断定し、ウクライナの工作員を拘束したと発表しました。一方、ウクライナ当局は関与を否定し、内部抗争との見方を示しました。ザハルチェンコの死後、副首相のドミトリー・トラペズニコフが暫定首長兼首相となり、その後、デニス・プシーリンが後継として選出され、2018年11月20日に正式に首長に就任しました。

ロシア・ウクライナ危機 (2021年以降)

2022年2月18日、ドネツク人民共和国幹部のデニス・プシリンは、ウクライナ軍の部隊が急増しているとして、ロシア南部ロストフ州への避難を呼びかけました。2月24日、ロシア軍によるウクライナへの全面侵攻が開始されました。

2022年9月23日から27日にかけて、ドネツク人民共和国を含むロシア占領地域でロシアへの併合を問う住民投票が実施され、賛成多数の結果を受け、9月30日にロシアのプーチン大統領が併合を宣言しました。ロシア議会での批准を経て、10月5日に併合に必要な法案が成立し、ドネツク人民共和国はロシアに編入されました。

地理

2014年時点でのドネツク人民共和国の支配地域は、約8,539平方キロメートルと推定され、ドネツク州全体の約3割を占めていました。ルガンスク人民共和国と合わせると、四国ほどの広さがあります。

政治

ドネツク人民共和国は、三権分立の共和制国家を自称していました。国家元首は首長（Глава）と呼ばれ、立法府は一院制の人民評議会で、定員は100名でした。

外交

国際連合加盟国のほとんどから国家承認を受けていませんでしたが、同じく国家承認されていないルガンスク人民共和国とは相互承認を行い、一時期は連邦国家構想もありました。また、国連加盟国の一部である南オセチア共和国とアブハジア共和国が国家承認を行いました。

2022年 2月21日、ロシアが独立を承認するまで、ロシア連邦は両人民共和国の国家承認を行いませんでしたが、2017年2月18日にドネツクとルガンスクが発行するパスポートを有効と認める大統領令に署名しました。ウクライナ政府は、DPRをテロ組織に指定しています。

ロシア以外に国家承認をしている主な国は、シリアと北朝鮮です。

軍事

2014年5月から8月には、元ロシア連邦軍参謀本部情報総局出身のイーゴリ・ギルキンが「国防相」を務めていました。ギルキンは、ロシア政府がドネツク人民共和国の運営や軍事活動に関与していることを証言しています。ウクライナ政府軍との戦闘には、チェチェン共和国出身者が多数参加し、ロシア製の武器の供給を受けていると見られています。

交通

支配地域にはドネツィク国際空港がありますが、戦闘により使用不能となっています。鉄道路線はウクライナ鉄道から切り離され、ルガンスク人民共和国との間で運行されています。バス路線もウクライナやロシアとを結んでいますが、治安上の問題から、行き先が表示されていない便もあります。

経済

通貨はロシア・ルーブルが採用されており、ドネツク人民共和国中央銀行が貨幣・財政を管理しています。石炭の輸出が重要な産業であり、ウクライナ政府支配地域への輸出も行われています。

人権

ドネツク人民共和国では、人権に関する懸念が多数報告されています。

住民

2020年9月1日時点の人口は約225万人で、ドネツク州全体の約半数を占めていました。民族構成はロシア民族とウクライナ民族が大半を占めており、その他ベラルーシ人やアルメニア人も居住しています。宗教はロシア正教会が中心です。建国当初はロシア語とウクライナ語が公用語でしたが、2020年の憲法改正でロシア語に一本化されました。

教育

ウクライナ政府管轄下ではウクライナ語が唯一の教授言語でしたが、ドネツク人民共和国ではロシア語が教授言語となっています。

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