赤松啓介

赤松啓介：階級闘争と性、そして「非常民」の民俗学

赤松啓介（あかまつ けいすけ、1909年3月4日-2000年3月26日）は、20世紀日本の民俗学に独自の足跡を残した異色の研究者です。本名は栗山一夫。兵庫県加西市出身で、10代から行商のかたわら独学で民俗学的調査に取り組みました。

赤松の生涯は、激動の時代と深く結びついています。戦前には、非合法組織であった日本共産党に入党し、治安維持法違反で逮捕・投獄されるという経験もしました。この経験は、彼の民俗学研究に、強い社会批判と階級闘争の視点を刻み込むことになります。

戦後、赤松は神戸市史編集委員や神戸市埋蔵文化財調査嘱託などを務めながら、本格的な民俗学研究を展開しました。柳田國男ら主流派民俗学が性ややくざ、天皇といったテーマをタブーと捉えていたことに対し、赤松は、それらを積極的に研究対象に取り上げました。彼の研究は、フィールドワークに基づいた実証的な調査と、階級闘争の視点を組み合わせたものであり、従来の民俗学研究とは一線を画すものでした。

特に、赤松が着目したのが「非常民」と呼ばれる人々の生活と文化です。「非常民」とは、社会の辺縁に位置する人々、例えば貧困層や差別を受けてきた人々を指します。赤松は、彼らの生活や文化、特に性に関する慣習を詳細に記録し、分析しました。低年齢での性経験について、現代の「性の低年齢化」論とは異なる視点から考察した彼の研究は、一部で高い支持を得ています。

しかし、彼の研究、特に性に関する記述は、常に議論の的となっています。例えば、自身の体験に基づいた「夜這い」についての記述は、フェミニズムの立場からは、一方的な性暴力として批判されています。小谷野敦らによる批判は、赤松の記述が、理想的な「フリーセックス」であるかのような誤解を生んでいる点を指摘しています。赤松の著作は、単純に肯定的に捉えるのではなく、多角的な視点から検討する必要があるでしょう。

赤松の研究は、長らく一般の読者から遠ざけられていましたが、1990年代から再評価の機運が高まり、多くの著作が復刊されました。大月隆寛らによる積極的な再評価、そして、現代社会における性や差別問題への関心の高まりが、この機運を後押ししたと言えるでしょう。

赤松啓介の著作は多岐に渡り、以下のようなものがあります。

東洋古代史講話
民俗学
東洋古代民族史
天皇制起源神話の研究
結婚と恋愛の歴史
一揆 兵庫県百姓騒擾史
神戸財界開拓者伝
『非常民の民俗文化―生活民俗と差別昔話』
非常民の民俗境界
戦国乱世の民俗誌
古代聚落の形成と発展過程
非常民の性民俗
村落共同体と性的規範 夜這い概論
女の歴史と民俗
民謡・猥歌の民俗学
夜這いの民俗学
夜這いの性愛論
百姓一揆 幕末維新の民衆史
宗教と性の民俗学
『差別の民俗学』
猥談 近代日本の下半身 赤松VS上野千鶴子 大月隆寛介錯
『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』（ちくま学芸文庫）

また、赤松啓介民俗学選集（全6巻＋別巻）も刊行されています。彼の膨大な研究成果は、現代社会を考える上で重要な示唆を与え続けています。しかし、その内容を理解するためには、歴史的背景や社会構造、そして多様な解釈の可能性を常に意識することが大切です。彼の著作は、容易に結論を導き出せるものではなく、読者自身の思考を促す、挑戦的なものと言えるでしょう。

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