身分帳

佐木隆三『身分帳』：罪を背負った男の再生と葛藤

佐木隆三の長編小説『身分帳』は、殺人罪で13年の刑期を終えて出所した山川一という男の物語です。ヤクザの世界に身を投じ、罪を犯して人生の大半を刑務所で過ごした男が、社会復帰を目指して苦闘する姿を描いています。

あらすじ

出所後、山川は弁護士の協力を得て生活保護を受けながら、東京で一人暮らしを始めます。しかし、長年の服役生活で社会とのつながりを失った彼は、近隣住民とのトラブルや仕事探しに苦労します。それでも、階下に住むコピーライターの角田龍太郎やスーパーの主人といった人々との交流を通して、徐々に社会に溶け込んでいきます。

しかし、過去の清算は容易ではありません。街で見かけたヤクザに絡んだり、刑務所の仲間に会いに行ったりと、過去の自分を断ち切ることができません。出所前から考えていた母親探しの試みも頓挫し、挫折を繰り返します。彼は、刑務所で作成された「身分帳」や裁判記録を読み返すことで、自らの過去と向き合い、これからどう生きるべきかを模索します。

文庫版には、山川のモデルとなった田村明義との交流や、彼の死後を描いた「行路病死人」も収録されています。

映画『すばらしき世界』

2020年には、西川美和監督、役所広司主演で『すばらしき世界』として映画化されました。原作のテーマを尊重しつつ、現代社会における人間の尊厳や希望を深く掘り下げた作品として高い評価を得ています。

キャスト

三上正夫：役所広司
津乃田龍太郎：仲野太賀
吉澤遥：長澤まさみ

スタッフ

原案：佐木隆三『身分帳』
* 監督・脚本：西川美和

『身分帳』が問いかけるもの

『身分帳』は、罪を犯した人間の再生という重いテーマを扱いながらも、希望を失わずに生きる人々の姿を描いています。社会から疎外された人々がどのように生きていくのか、そして、私たち社会は何ができるのかを考えさせられる作品です。

『すばらしき世界』

西川美和監督は、佐木隆三の訃報記事で原作『身分帳』を知り、興味を持ったことが映画化のきっかけとなりました。原作刊行から30年近くが経過し、絶版状態であったこと、またモデルとなった田村明義も出版後半年で亡くなっていたことから、取材は困難を極めました。

脚本制作にあたっては、佐木の残した後日譚に登場する文芸誌の女性編集者への取材や、1988年に文化放送で放送された田村のドキュメンタリー番組の音源を発掘するなど、丹念な調査が行われました。脚本は、前半部分を原作からの引用、後半部分を西川のオリジナルとして構成されています。

キャスティングにおいては、西川監督が17歳の時に観たテレビドラマで西口彰を演じた役所広司に感銘を受けたことが、主演オファーのきっかけとなりました。また、テレビプロデューサー役の吉澤遥には、長澤まさみを起用し、原作にはない、主人公が母親のような愛情を求める女性として八千草薫へのオファーを試みたものの、体調不良のため出演が叶わず、小池澄子が代役を務めました。

2019年10月にクランクインし、2020年1月半ばにクランクアップ。タイトルは配給会社からの要請で『身分帳』から『すばらしき世界』に変更されました。

作品は、第45回トロント国際映画祭でワールドプレミア上映され、第56回シカゴ国際映画祭で観客賞を受賞するなど、海外でも高い評価を得ています。

ラジオ番組文化放送では、ドキュメンタリー番組『戸籍のない男〜バラ24本の幸せ〜』の音源が奇跡的に見つかり、2021年10月9日には、大谷、西川、太田英明が出演する特別番組が放送されました。

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