軍用手票

軍用手票（軍票）とは

軍用手票、通称「軍票」は、戦時下において軍隊が占領地や勢力下で物資の調達や支払いに用いるために発行する、一種の擬似紙幣です。政府紙幣として扱われることもありますが、その性質は通常の通貨とは異なります。

軍票の概要

軍隊は、食料などの物資を現地で調達します。初期には物資の徴発や略奪が行われていましたが、これらは現地の反感を買うため、近代以降の戦争では軍票による購入が主流となりました。1815年の英仏戦争でイギリス軍が初めて軍票を発行し、その後、紙幣のような形に進化しました。

ハーグ陸戦条約（1907年）では、占領地での徴発が禁止され、物資の供給には現金または軍票での支払いが義務付けられました。軍票は、軍隊が所属する国家の通貨制度とは別に運用されることで、大量の法貨流通によるインフレを防ぐ役割を果たします。また、発行体の信用に基づいて流通する手形としての性質を持つため、発行体の経済力以上の物資調達を可能にするという側面もあります。ただし、最終的には発行体である政府が軍票を回収し、現金や貴金属と交換する必要があるものの、敗戦国の場合、この義務が履行されないこともあります。

日本軍の軍票

日本では、西南戦争で使用された西郷札が軍票の始まりとされています。その後、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争などで、多くの軍票が発行されました。これらの軍票は、占領地での軍費支払い、兵士の給与、民間企業への貸付などに使用されました。しかし、太平洋戦争のような広範囲にわたる戦線では、軍票間の決済が困難になり、インフレを招く要因にもなりました。

日本軍の軍票シリーズ

日本軍の軍票は、発行時期や地域によって様々な種類が存在します。主なシリーズとしては、以下のものがあります。

日清戦争軍票: 日清戦争中に発行された軍票で、清時代の通貨単位である両を使用。
日露戦争軍票: 日露戦争中に発行された軍票で、銀円単位を使用し、朝鮮語（ハングル）による表記もされた。
青島出兵軍票: 第一次世界大戦中に青島で使用された軍票。
シベリア出兵軍票: 第一次世界大戦末期のシベリア出兵で使用された軍票で、金兌換を保証し、ロシア語表記もされた。
日華事変軍票: 日中戦争中に発行された軍票で、甲号券、乙号券、丙号券、丁号券、戊号券、ろ号券など、多くの種類が存在します。
大東亜戦争軍票: 太平洋戦争中にアジア各地で使用された軍票で、グルデン、海峡ドル、ペソ、ルピー、ポンドなど、様々な通貨単位のものが発行されました。

軍票の法的性質

軍票は、法律上の強制通用力を持たないものの、債務者が支払いを認める限り有効な弁済手段として機能しました。軍費支払いのため、国外の派遣地で利用され、兌換紙幣に準ずる性質を持ちます。

各国の軍票

第二次世界大戦中には、連合国側も軍票を発行していました。アメリカ軍は、米ドル建ての軍票を兵士の給料として支給し、ベトナム戦争に派遣された韓国陸軍も同様の軍票を使用しました。1990年代になると、アメリカ軍は紙の軍票からプリペイドカード方式へと移行しました。

軍票の問題点

日本軍が発行した軍票は、敗戦によって紙くず同然となり、多くの人々が経済的な損害を被りました。特に、インフレが激しかった地域では、軍票がタバコの巻紙に使われるほど価値がなくなりました。

また、戦後もフィリピンや香港では、日本軍が発行した軍票によって強制的に両替させられた住民による戦後補償を求める訴えが起きています。しかし、当時の国際法では戦争被害に対する個人の損害を補償する義務がなく、日本国内法にも軍票を交換する法律が存在しないため、これらの訴えは棄却されています。

軍票と切手

興味深い例として、オランダ郵政当局が発行した切手に軍票が描かれたことがあります。この切手は、第二次世界大戦終結40周年を記念して発行されたもので、蘭領インドシナにおける日本占領が描かれており、5セント軍票がその一部として描かれています。

まとめ

軍票は、戦時下における特殊な通貨として、軍事活動を支える重要な役割を果たしました。しかし、その一方で、戦後の経済混乱や人々の生活に大きな影響を与え、未解決の問題も残しています。軍票の歴史を理解することは、戦争が社会や経済に与える影響を考える上で、重要な視点を提供してくれます。

もう一度検索