輪違屋糸里

『輪違屋糸里』は、浅田次郎が描く幕末の時代小説で、新選組を題材にしながらも、これまでとは異なる視点から物語が展開されます。主人公は、京都島原の遊郭「輪違屋」に所属する天神・糸里。彼女の目を通して、新選組の局長・芹沢鴨暗殺事件という歴史的な出来事が、一人の女性の視点から深く掘り下げられます。

物語は、糸里の視点だけでなく、芹沢の愛人であるお梅、平山五郎の恋人である吉栄、そして新選組が屯所とした八木家と前川家の女房であるおまさと、お勝など、様々な女性たちの視点を通して展開します。それぞれの立場で、新選組という組織に翻弄されながらも、必死に生きる彼女たちの姿が、当時の社会状況や人間関係を浮き彫りにしていきます。

物語は、輪違屋の音羽大夫が芹沢に無礼打ちされる事件から始まります。この事件をきっかけに、糸里は新選組の土方歳三と恋仲でありながらも、子供扱いされ関係が進展しないことに心を痛めます。また、芹沢は度々問題を起こし、京の人々から恐れられていました。お梅は、愛する芹沢との関係に苦悩し、吉栄は、平山の子を身ごもりながらも、自分の将来に不安を抱えています。一方、おまさと、お勝は、新選組の屯所となった家で、浪士たちの傍若無人な振る舞いに迷惑しつつも、彼らの中には礼儀正しい一面があることに気づき複雑な思いを抱きます。

物語は、芹沢による大和屋焼き討ち事件が転機となります。この事件は、新選組内部の対立を激化させ、近藤勇や土方歳三ら試衛館派と、芹沢との間の亀裂を決定的なものにしていきます。八月十八日の政変では、芹沢の実戦経験が発揮され、新選組は勝利を収めますが、彼の行動が隊内で更なる不信感を招き、ついには暗殺へと繋がります。平間と糸里の関係を利用しようとした芹沢の思惑は外れ、逆に土方を怒らせただけになってしまい、自身の立場を悪くしてしまいます。

小説では、芹沢の行動の背景にある意図、例えば隊費調達や尊攘派浪士の資金源を断つためだったことなど、従来の芹沢像とは異なる側面も描かれます。また、土方たちが芹沢を斬ることは、武士ではない彼らが武士となるための踏み絵であったという解釈も提示されており、物語に深みを与えています。

雨の日、平山は身重の吉栄に会いに行き、吉栄は平山に本当の名前を呼んで欲しいと懇願します。しかし、平山はそれを拒否し、口づけをして別れます。そして、近藤、土方らによって芹沢が斬殺され物語はクライマックスを迎えます。

この小説は、単に歴史上の出来事を描くだけでなく、時代に翻弄される女性たちの視点を通じて、人間の普遍的な感情や葛藤を描き出しています。新選組という組織の内部抗争だけでなく、そこに生きる人々の心の動きを丁寧に描き出すことで、読者は物語に深く引き込まれます。また、後にテレビドラマ化、映画化もされ、幅広い層から支持を得ています。特に映画版では、女性たちの視点から幕末を描くという点が強調されており、新たな視点からこの物語を楽しむことができます。

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