辰路

辰路

（たつじ）

辰路は、江戸時代末期から明治時代にかけて、京都の花街として栄えた島原で活動した芸妓です。弘化3年（1846年）にこの世に生を受け、本名を井筒タツと称し、また辰次やお辰といった別名でも知られていました。彼女は、島原の中でも特に格式の高い桔梗屋に属していました。

幕末という激動の時代、京都の島原は単なる遊興の場というだけでなく、様々な身分の人々が集まる社交の場であり、政治的な情報交換の場ともなっていました。多くの尊攘派や佐幕派の志士、文人、商人などが出入りする中で、辰路もまた、そうした時代の空気を肌で感じ、様々な人物と出会い、交流を深めました。特に、長州藩出身の尊攘派のリーダー格であった久坂玄瑞とは、非常に親しい関係にあったことが伝えられています。

久坂玄瑞との関係においては、歴史的な関心を集める一つの論点があります。それは、久坂の遺児とされる秀次郎の母親が、辰路であるという説が存在したことです。しかし、この説は近年の研究によって見直しが進んでいます。辰路が後に結婚した竹岡家で生まれた子供たちの出生に関する記録が確認されており、その記録から判断すると、秀次郎が辰路との間に生まれた子である可能性は低いと考えられています。現在のところ、秀次郎の母親は、久坂玄瑞が一時滞在していた伏見周辺で交流を持っていた、別の親しい女性であったという見方が有力視されています。このように、久坂玄瑞と辰路が深い親交を結んでいたことは間違いないものの、子供をもうける関係ではなかったというのが実情のようです。

明治維新を経て時代が大きく変わる中で、辰路の人生も新たな局面を迎えます。明治3年（1870年）4月、辰路は島原の生活を終え、結婚することになります。この結婚には、島原を代表する存在であった角屋の十代目当主と、辰路が長年身を置いた桔梗屋の女将が仲人として尽力しました。結婚相手は、京都の下京に広大な土地を持つ裕福な農家の当主、竹岡甚之助でした。これにより、辰路は芸妓としての華やかな、しかしながら時代の波に翻弄されるような生活から、一転して家庭人としての穏やかな日々へと歩みを進めたと考えられます。

結婚後の辰路の具体的な生活ぶりについては、詳細な記録は多く残されていませんが、竹岡家の一員として平穏な晩年を送ったものと推測されます。明治43年（1910年）、辰路はその波乱に満ちた、しかし力強く生きた生涯を終えました。享年65歳でした。

彼女の墓は、故郷である京都の西七条にある安阿弥寺にあります。静かな境内にたたずむその墓石は、幕末から明治にかけての時代を生きた一人の女性の存在を今に伝えています。

辰路の物語は、現代においても人々の関心を引きつけており、その生涯の一部はフィクションの世界でも描かれています。2015年にNHKで放送された大河ドラマ『花燃ゆ』では、久坂玄瑞ゆかりの人物として辰路が登場しました。この役は当初、広末涼子が務める予定でしたが、妊娠に伴い降板となり、最終的には女優の鈴木杏が辰路を演じました。ドラマを通じて、彼女の名前や存在を知った人も多いでしょう。

辰路は、激動の幕末に京都島原という特別な場所で多くの歴史的人物と交わり、やがて家庭に収まって穏やかな晩年を送った女性であり、その数奇な運命は今なお語り草となっています。

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