農婦の頭部

ピーテル・ブリューゲル作『農婦の頭部』：鋭い観察眼が光る習作

ピーテル・ブリューゲルによって1568年頃に制作された油彩画『農婦の頭部』は、初期フランドル派絵画の傑作の一つです。この作品は、特定の農婦の肖像画ではなく、トローニーと呼ばれる、一瞬の感情やその結果としての顔の表情を捉えた習作に分類されます。ブリューゲルは、こうした習作を後の作品に組み込むことで、人物描写のリアリティを高めていました。現在、この貴重な作品はミュンヘンのアルテ・ピナコテークに所蔵されています。

唯一現存する頭部習作

17世紀の所蔵品目録によると、ブリューゲルは多くの頭部習作を描いていたと推測されますが、現在、真筆と確認されているのは『農婦の頭部』のみです。この作品に描かれた農婦の顔には、眉毛、鼻の形、口元など、細部まで丹念に観察された描写が施されています。興味深いことに、この農婦の顔には、ブリューゲルの他の作品、例えば『盲人の寓話』（カポディモンテ美術館）の老人の顔や、素描『画家と商人』の商人の顔との類似点が指摘されています。これらの類似点は、ブリューゲルの画風が一貫していたことを示唆しており、彼の独特の観察眼と表現力の高さを物語っています。

ブリューゲルは、生涯を通じて肖像画を制作することはありませんでしたが、人物の顔の細部、特に人相学的特徴に対する関心は非常に高く、作品に反映されています。これは、例えば1564年制作の『東方三博士の礼拝』（ロンドン・ナショナル・ギャラリー）において、老若貴賤様々な人物の個性的な顔の表現に成功していることからも明らかです。

医師のような観察力

研究者T・トリヨンは、「ブリューゲルは医者だったか」という論文の中で、本作の農婦の描写について興味深い考察を提示しています。トリヨンは、農婦が口で呼吸しているように見えるのは、鼻茸、鼻中隔湾曲、あるいは単純な鼻カタルなどの症状による可能性を指摘し、ブリューゲルがこれらの症状をまるで医者のように正確に捉えていると述べています。これは、同じように『東方三博士の礼拝』にも、顔面神経に異常をきたしているかのような歪んだ口元のマギが描かれていることからも裏付けられます。これらの描写は、ブリューゲルの並外れた観察眼と、人間の身体に対する深い理解を示していると言えるでしょう。

ブリューゲルは、数多くの頭部習作を残したと考えられますが、その多くは失われてしまったか、真筆か否かの判別が困難な状況です。しかし、『農婦の頭部』は、ブリューゲルの天才的な観察眼と表現力を示す貴重な遺品であり、初期フランドル派絵画研究において重要な位置を占めています。その写実性と心理描写の深さは、見る者の心に強い印象を残します。息子であるピーテル・ブリューゲル2世による複製もいくつか存在することが知られており、この作品が後世に与えた影響の大きさを示しています。

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