辻義文

辻 義文

辻 義文（つじ よしふみ）氏は、1928年2月6日に香川県で生まれ、2007年2月11日に79歳で逝去した日本の実業家です。日産自動車の社長および会長として、同社が直面した未曽有の経営危機からの脱却を目指し、痛みを伴う大胆な構造改革を推し進めました。また、日本自動車工業会会長や日本経済団体連合会副会長といった要職も歴任しました。

香川県高松市に育ち、旧制高松中学を経て東京大学工学部で学びました。卒業後の1954年、日産自動車に入社。主に生産畑を歩み、製造現場の経験を積みました。バブル経済崩壊後、歴代社長が推進した拡大路線が裏目に出て日産が深刻な経営不振に陥る中、1992年に社長に就任。経営の立て直しを託されました。

辻氏が社長として取り組んだのは、日産が1990年代に抱えていた構造的な問題への対処でした。特に、過去の過剰投資によって増大した生産能力の削減は喫緊の課題でした。この厳しい状況下で、辻氏は豪州工場や、国内の主力工場の一つであった座間工場の閉鎖という困難な決断を下します。特に1993年の座間工場閉鎖は大きな社会的波紋を呼び、単一工場としては前例のない大規模なものでした。これは後にカルロス・ゴーン氏が主導する「日産リバイバルプラン」における生産能力削減の先鞭とも評されます。工場閉鎖と並行して、約5000人規模の人員削減も実施され、社会問題として大きく報じられました。

これらの改革は会社の将来のために不可欠でしたが、実行者である辻氏にとっては大きな精神的負担となりました。座間工場閉鎖直後には、ストレスにより体重が10キロ以上も減少したといわれています。辻氏は後にこの決断について、「座間の問題は社会的な影響が大きいが、改革全体の一部に過ぎない」「辛い決断も下していかなければならない」と振り返っています。

1996年、社長の座を塙義一氏に譲り会長に就任。しかし、日産の経営状況は依然として厳しく、1999年にはフランスのルノーとの資本提携が決まります。ルノーからのトップとしてカルロス・ゴーン氏が社長に就任するのに伴い、辻氏は経営責任を取る形で会長職を退きました。

その人物像は、厳格な公私の峻別を重んじることで知られていました。社宅では公邸部分と私的な空間を明確に分け、執務中は家族の立ち入りを禁じました。出張時には高級ホテルを避け、会長退任後も日産本社へ地下鉄で通勤するなど、質素な一面がありました。公用車が用意されていましたが、個人所有の日産車を自ら運転することも多く、秘書がたびたび注意したという逸話も残されています。

一方で、自動車産業記者会のパロディ的な賞にも純粋に喜び、手作りの賞状を社長室に飾るという人間味あふれるエピソードもあります。また、「社長なんて長くやるものではない」と語るなど、自身の立場を客観的に見ていた節もうかがえます。日産豪州製の品質問題についても率直な見解を示しており、現場の実情にも詳しかったことがわかります。

東京大学在学中は柔道部に所属していました。日産でのキャリアを通じて、将来社長となる西川廣人氏が秘書を務めた時期がありました。

2003年には、長年の功績が認められ旭日大綬章を受章しました。2007年、大動脈瘤破裂により79歳でその生涯を閉じました。死去に際して開かれた「お別れの会」には、小泉純一郎元首相や豊田章一郎氏（当時日本経団連会長）など、経済界や政界から多数の著名人や日産OBら約1300人が参列し、その人柄と功績が偲ばれました。

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