近交系

近交系（Inbred strain）

近交系とは、動物や植物の系統の一つで、主に兄妹・姉弟など極めて近い血縁個体間での交配を20世代以上継続して行うことによって樹立されたものを指します。このような長期間にわたる近親交配は、特定の遺伝子座におけるヘテロ接合性を大幅に減少させ、ほとんどの遺伝子座がホモ接合の状態になるように促します。

その結果、近交系の個体は、遺伝的な背景が極めて均一になります。実際には、20世代以上の近親交配を経た系統では、ヘテロ接合の遺伝子は全体のわずか0.01%程度しか存在しないと考えられており、この集団に属する個体は遺伝学的にほぼ同一であるとみなすことが可能です。この遺伝的な均一性が、特に実験動物を用いた研究において非常に重要な役割を果たします。個体間の遺伝的な差が最小限に抑えられるため、外部からの刺激や処置に対する反応のばらつきが小さくなり、より少ない個体数で統計的に有意な結果を得やすくなるなど、実験結果の信頼性や再現性を高める上で不可欠な存在となっています。

実験動物における近交系の歴史と代表例

実験動物として近交系が最初に開発されたのは、主にマウスやラットにおいてです。

マウスにおける最初の近交系は、1909年にアメリカのジャクソン研究所（Jackson Laboratory）のC.C. Little博士によって作製されたDBA系統であるとされています。

一方、ラットにおいては、ウィスター研究所（Wistar Institute）のH.D. King博士によって確立されたKing Albino系統が最初期の近交系として知られています。

現在、医学生物学研究などで最も広く利用されている近交系には、マウスではC57BL/6、BALB/c、DBA/2などがあり、ラットではFischer系統などがよく使われています。これらの系統は、それぞれが異なる遺伝的特性や病気に対する感受性を持っているため、研究目的に応じて適切な系統が選択されます。

特殊な近交系

基本的な近交系の他に、特定の研究目的のために特殊な方法で作製された近交系も存在します。

セグリゲイティング近交系（Segregating Inbred strain）
この系統は、特定の遺伝子座のみをヘテロ接合の状態に保ちながら、その他の遺伝子座については近親交配によってホモ接合化を進めたものです。特定のミュータント遺伝子を維持しつつ、背景となる遺伝的要因を統一したい場合などに利用されます。

コアイソジェニック近交系（Coisogenic Inbred strain）
自然発生、あるいは人為的な処理によって、基となる近交系から特定の一つの遺伝子座だけが異なるように変異した系統です。遺伝子の機能をピンポイントで解析したい場合などに有効です。系統名を表記する際には、基となった系統名の後に変異した遺伝子の情報を加えて示されます。例えば、C3H/HeJNemという系統でrough fur（粗い毛皮）の原因となる遺伝子に変異が生じたマウス系統は、C3H/HeJNem-rufのように記述されます。

* リコンビナント近交系（Recombinant Inbred strain, RI系統）
二つの異なる近交系を一度交配させ、得られた雑種第一世代（F1）の個体同士、あるいはF1と親系統などを交配して得られた雑種第二世代（F2）以降の個体を、それぞれ個別に兄妹・姉弟交配を20世代以上継続することで作製された複数の近交系ラインのセットです。元となった二つの系統が持つ遺伝子の組み合わせが各RI系統ライン内でランダムに固定化されているため、特定の形質や病気に関連する遺伝子のマッピング（染色体上の位置決定）などに非常に有用です。元となった系統の略号を大文字の「X」でつないで表記することが一般的です。例えば、C57BL/6JとBALB/cを交配して作られたリコンビナント近交系は、CXBと表記されることがあります。

近交系は、実験動物を用いた医学・生物学研究において、再現性と信頼性の高いデータを得るための基盤として、今もなお極めて重要なツールであり続けています。

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