逗子なぎさホテル

神奈川県逗子市の相模湾を望む海岸沿いに、かつて「逗子なぎさホテル」（ずしなぎさホテル）という名のリゾート施設が存在しました。1926年に開業し、およそ60年以上にわたる歴史を刻んだこのホテルは、多くの人々に親しまれ、日本の近現代史や文化に彩りを添えました。

施設の誕生は1926年7月。当初は「逗子ホテル」という名称で開業し、創業者の岩下家一氏によって運営されました。開業当初から高い格式を誇り、皇族が滞在される御宿としても利用されるなど、その名は広く知られるようになります。昭和10年代頃に現在の名称である「逗子なぎさホテル」へと改称。太平洋戦争や終戦、そして一時的な米軍による接収といった激動の時代を経ながらも、このホテルは存続し続けました。戦後、再び一般の宿泊客を迎えるようになると、その美しい景観と洗練された雰囲気は、多くの文化人や観光客を惹きつけ、湘南エリアを代表するリゾートホテルとしての地位を確立しました。

逗子なぎさホテルは、その存在が様々な芸術作品に影響を与えたことでも記憶されています。特に有名なのは、作家・石原慎太郎氏が1955年に発表した小説『太陽の季節』の舞台となったことです。翌1956年にこの小説が映画化されると、ホテルは作中のイメージと結びつき、当時の若者文化を象徴する「太陽族」と呼ばれる人々が多く集まる場所となりました。この現象は社会的な注目を集め、逗子なぎさホテルの名前は一躍、時代の象徴ともなり得ました。

また、作家の伊集院静氏は、作家デビュー前の1978年から約7年間にわたり、このホテルで暮らしていました。そのホテルでの生活や内情、そして当時の逗子の情景は、2011年に出版された自伝的エッセイ『なぎさホテル』の中で克明に綴られています。このエッセイは、既に失われたホテルという空間を通して、著者の青春期と街の記憶を現代に伝える貴重な作品となっています。さらに、音楽界においても、サザンオールスターズの桑田佳祐氏が、このホテルから着想を得た楽曲「なぎさホテル」を2022年のベストアルバム『いつも何処かで』に収録しています。このように、文学、映画、音楽といったジャンルを超えて、逗子なぎさホテルはその記憶やイメージが創作活動の源泉となり続けたのです。

長きにわたり多くの人々に愛された逗子なぎさホテルですが、残念ながらその歴史は幕を閉じます。1988年1月15日をもって営業を停止し、翌1989年には建物は解体されました。かつて華やいだリゾートホテルの跡地には、現在、株式会社すかいらーくホールディングスが展開する和食レストランチェーン「夢庵 逗子店」が営業しています。

逗子なぎさホテルは、二代目社長を務めた愛久澤直哉氏をはじめ、多くの人々の尽力によって支えられました。日本の近代的なリゾート開発の歴史を語る上で重要な存在であり、また、昭和という時代の文化や世相を映し出す存在としても、今なお人々の記憶の中に生き続けている、貴重な「クラシックホテル」の一つと言えるでしょう。

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