進化医学

進化 医学

進化医学（Evolutionary medicine）またはダーウィン医学（Darwinian medicine）は、生物の進化に関する知見、特に自然選択の理論を医学に応用する比較的新しい学問分野です。

概要

従来の医学が、病気の直接的な原因やメカニズム（至近要因）に焦点を当ててきたのに対し、進化医学はさらにその背後にある進化的な理由（究極要因）を探求します。例えば、動脈硬化の原因がコレステロールの蓄積である（至近要因）だけでなく、「なぜ私たちは高カロリーな食事を好むのか」「なぜ、コレステロール代謝に関わる遺伝子が進化の過程で淘汰されなかったのか」といった、「なぜ」という問い（究極要因）に答えることを目指します。

自然選択は、生物に機能的なデザイン（適応）をもたらす主要なメカニズムと考えられています。進化医学では、病気の多くは、進化の過程で獲得された適応や、環境の変化に対する適応のミスマッチ、あるいは病原体との進化的な駆け引きの結果として生じると捉えます。進化の視点から生物のシステムを理解することで、感染症、遺伝性疾患、アレルギー、がん、精神疾患など、幅広い疾患や健康問題に対して新たな洞察が得られる可能性があります。この分野の研究者としては、ポール・イーワルドやランドルフ・ネシーなどが知られています。

具体例

進化医学の考え方は、様々な疾患の理解に応用されています。

感染症と体の防御反応:
発熱: 発熱は単なる病原体による症状ではなく、体が病原体の増殖に適さない高温環境を作り出し、免疫細胞の働きを助けるための防御反応であると考えられています。そのため、解熱剤による安易な解熱は、体の防御システムを妨げる可能性があると指摘されます。過去には、全身を冷やすような過度な解熱療法が行われ、病状を悪化させるケースもありました。
鉄分濃度の低下: 感染時に血中の鉄分濃度が低下する現象も、体が細菌による鉄分の利用を制限し、増殖を抑えるための防御反応と考えられます。安易な鉄分補給が細菌の増殖を助ける可能性が示唆されます。

食中毒:
下痢: 下痢は病原体を体外へ迅速に排出するための、体の能動的な防御メカニズムと考えられます。下痢止めで排出を妨げるよりも、水分や電解質の補給に重点を置いた対処が、体の回復を助ける可能性があります。

遺伝子疾患:
鎌状赤血球症: マラリアが蔓延する地域では、鎌状赤血球を引き起こす遺伝子を持っていると、マラリア原虫の寄生から守られるという利点があります。このため、重度の貧血を引き起こす遺伝子であっても、自然選択によって完全に排除されず、集団内に一定数存在し続けていると説明できます。

アレルギー:
アレルギー反応は、体内に侵入した危険な物質（寄生虫など）を速やかに察知・排除するための進化的な防御システムの名残であると考えられています。アレルギー症状やかゆみは、病原体と宿主間の「進化的軍拡競争」の一環とも捉えられます。アレルギーを引き起こすIgEの、アレルギー以外の役割はまだ不明ですが、単なる不快な症状ではなく、何らかの防御的な役割を持つ可能性が進化医学的な視点から議論されています。

つわり:
妊娠初期のつわりは、胎児が特に薬物や毒素に対して脆弱な時期に、母親が食事から摂取する微量の毒素から胎児を守るための防御反応であるという説があります。つわりの程度と流産率の関連性に関する報告も、この説を支持しています。

成人病:
* 肥満や糖尿病といった現代の成人病の多くは、過去の飢餓に備えてエネルギーを効率よく貯蓄するように進化した体の仕組み（節約遺伝子など）が、現代の飽食環境下では裏目に出てしまっている結果と考えられます。食べ物を好み、効率よく吸収・貯蔵する体のシステムが、過剰なエネルギー摂取と蓄積を招き、病気につながります。これは、体の仕組みが正常に機能しているがゆえに生じる「適応のミスマッチ」と言えます。

進化 医学的アプローチ

進化医学は、病原体の進化にも着目します。例えば、感染経路によって病原体の進化方向が異なることを示唆しています。蚊を介して広がるマラリア原虫は、宿主が動けなくなり蚊に刺されやすくなるよう重症化する方向に進化しやすい一方、咳やくしゃみで広がる風邪ウイルスは、宿主が動き回って多くの人に接触する方が有利なため、比較的軽症化する方向に進化しやすいと考えられます。マラリア対策として蚊帳を使用することは、原虫にとって重症化が有利でなくなるような進化的な圧力をかけることになります。

また、細菌感染症に対する抗生物質の使用は、細菌に対して耐性を獲得する進化的な圧力を強くかけることになり、必然的に耐性菌を生み出します。進化医学的な視点からは、細菌の進化を操作し、人間に害の少ない方向、つまり共存する方向へ進化を促すような新しい戦略の可能性も検討されています。進化医学は、従来の医学的治療法に取って代わるものではなく、病気の根本的な理解を深め、より効果的で持続可能な治療戦略や予防策を開発するための新しい視点や選択肢を提供するものです。

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