遺伝子移入

遺伝子移入（Introgression）

遺伝子移入とは、生物において、異なる種の個体間で生じた雑種の子孫が、いずれか一方の親の種と繰り返し交配（戻し交配）を行う過程を通じて、一方の種の遺伝物質がもう一方の種の遺伝子プールに組み込まれる現象を指します。これは自然界で起こることもあれば、人間の活動（例えば農業における品種改良や生物の移動）によって引き起こされることもありますが、いずれの場合も遺伝子の受け渡しは一朝一夕に進むものではなく、比較的長い時間を要するプロセスです。

この現象は、同じ種内の異なる集団間での遺伝子のやり取りである「遺伝子流動」とは根本的に異なります。遺伝子移入は、生殖的な隔離が存在するはずの異なる生物種の間で遺伝子が混ざり合うという点で、生物の進化や多様性を考える上で非常に重要な意味を持ちます。

単純な「種間雑種」、特に両親から遺伝子を半分ずつ受け継ぐ一代雑種（F1）とも区別されます。例えば、ウマとロバの交配によって生まれるラバは一代雑種の代表例ですが、これらの個体は多くの場合、不妊であり、親種との間で継続的な交配（戻し交配）を行うことができません。そのため、親種の遺伝子プールに子孫を通じて遺伝子を導入することは困難です。これに対し、遺伝子移入が成立するためには、種間雑種に一定の繁殖能力があり、少なくとも片方の親種との間で稔性のある子孫を残せる必要があります。この戻し交配を繰り返す過程で、雑種が持つ遺伝子のうち、親種由来ではない方の種の遺伝子が、受け入れ側の種の遺伝子に紛れ込む形で徐々に広まっていきます。

遺伝子移入の結果、受け入れ側の種の遺伝子プールは、移入元の種の遺伝子のごく一部を取り込んだ形になります。この遺伝的構成は、両親の遺伝子が均等に混ざる一代雑種とは異なり、極めて複雑でモザイク状になるのが特徴です。移入された遺伝子は、受け入れ側の種のゲノムの中で特定の領域に限定されていることも多く、移入元の種全体の遺伝情報がまとめて移動するわけではありません。

遺伝子移入は、生物が新たな環境に適応するための形質（例えば、耐病性、乾燥耐性、特定の栄養源の利用能力など）を、近縁な他種から獲得する重要な手段となり得ます。これにより、進化的な適応が加速される可能性があります。一方で、遺伝子移入は、固有種と外来の近縁種の間で起こることで、固有種の遺伝的独自性が失われたり（遺伝的浸食、または遺伝的枯渇の一因）、新たな雑草の発生源となったり（遺伝子汚染の一形態として捉えられる）、農業においては栽培品種と近縁の野生種の間で遺伝子が移動することで予期せぬ影響をもたらしたりする可能性も指摘されています。

このように、遺伝子移入は単なる偶発的な交配の結果ではなく、複雑な遺伝的プロセスを経て生物集団の遺伝的構成を変化させる現象であり、生物多様性の維持、進化の理解、さらには農業や生態系管理といった様々な分野で考慮されるべき重要な概念です。

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