野本亀久雄
野本 亀久雄（のもと きくお）氏は、1936年6月5日に愛媛県松山市で生まれた日本の免疫学者です。九州大学医学部を卒業後、同大学院を修了。九州大学名誉教授であるとともに、社団法人日本臓器移植ネットワークや日本移植学会の理事長を歴任しました。また、九州大学生体防御医学研究所の創立者としても知られています。
野本氏は、生命現象を理解するための新しい学問分野として「生体防御学」を提唱し、その理論体系である生体防御論を確立しました。これは、生体が外来異物や変異した自己を排除し、体内の安定性を保つメカニズム全体を包括的に捉える考え方です。従来の免疫学が抗原特異的な反応（狭義の免疫）に焦点を当てがちで、非特異的な防御反応の重要性が見過ごされやすかった状況に対し、生体防御論は、実際の生体内での異物排除反応をより現実に即して理解する方法論を提示しました。
また、旧来の免疫学が精製タンパク質などを用いた研究を中心としていたのに対し、生体防御学は微生物や腫瘍のように生物活性を持つ異物に対する防御機構を解析することで、よりダイナミックな生体内のシステムとして防御を捉える視点を導入しました。この生体防御論に基づく研究から、「連続的バリアー」（異物侵入後、時間経過と共に異なる防御機構が働く現象）、「比重論的位置付け」（異物の違いに応じた防御機構の必要性）、そして「場選択性」（特定の場で防御活性化分子が効果を発揮する概念）といった重要な概念が生み出されました。特に、連続的バリアーの研究からは、プリミティブT細胞（PT）反応の発見といった画期的な成果が得られています。
このような学術的な貢献に加え、野本氏は教育者としても多くの優秀な研究者を育成し、国内外の大学で活躍する数多くの門下生を輩出しました。
野本氏は、日本における脳死臓器移植の推進と定着に極めて大きな役割を果たしました。1980年代後半、欧米では脳死からの臓器移植が一般的になりつつあったにもかかわらず、日本では脳死を「人の死」とすることへの国民的理解が進まず、移植医療が遅れていました。
このような状況の中、野本氏は日本移植学会の学術集会会長として、脳死と臓器移植に関する国民の理解を深めるため、全国各地で市民参加型の公開シンポジウムを開催しました。医療関係者だけでなく、法律家、宗教家、患者家族、マスコミ関係者など多様な立場からの議論を促し、国民的合意形成に向けた土壌を耕しました。こうした地道な活動は、1997年の臓器移植法制定に大きく寄与しました。
法律施行後も、初の脳死からの臓器移植実施まで16カ月という期間がありましたが、野本氏は引き続き全国で普及啓発活動を展開し、国民の理解獲得に努めました。また、日本臓器移植ネットワーク（前身の日本腎臓移植ネットワーク時代から関与）においては、脳死移植に関する厳格な運用ルールやレシピエント選択基準を策定し、その遵守体制を構築しました。これは、移植件数を急増させたいという声がある中で、安全性を最優先し、医療事故を防ぐための布石となりました。
野本氏が目指した日本の脳死臓器移植は、「臓器提供意思表示カード」による意思表示の尊重、そして「フェア（公正）、ベスト（最善）、オープン（情報公開）」という三原則に基づいています。公正な提供機会の確保、質の高いチーム医療の実践、そして透明性の高い情報公開を徹底することで、日本の脳死臓器移植は一つも医療事故を起こすことなく社会的な信用を獲得し、その後の法改正による進展につながりました。
野本氏は、公益財団法人日本医療機能評価機構の医療事故担当特命理事としても、日本の医療安全対策の発展に尽力しました。医療技術や機器・薬品の進歩に伴い医療現場が複雑化し、医療事故への不安が高まる中で、厚生労働省が推進する「医療安全ネットワーク整備事業」と連携し、2004年に設立された医療事故防止センター（現：医療事故情報収集等事業）のリーダーを務めました。
この事業における野本氏の基本的な考え方は、「患者は被害者、医療機関は加害者」という対立構造ではなく、患者と医療機関の協力によってのみ医療安全が達成されるというものでした。また、死亡など重大な事故だけでなく、「ヒヤリ・ハット」事例を含む幅広い情報を収集・分析することで、医療行為全体の流れの中で事故の発生源やリスクを特定し、大事故を未然に防ぐことを目指しました。この考えに基づき、情報提供医療機関の仕組みを構築し、収集された情報を分析した報告書や年報、医療安全情報などを定期的に公表することで、医療機関全体の安全対策の向上に貢献しました。さらに、薬局からのヒヤリ・ハット事例収集・分析事業にも関与し、医薬品使用における安全確保にも視野を広げました。
「新生時胸腺摘出マウスを用いた腫瘍の免疫生物学的研究」 学位論文、1966年
『癌免疫の基礎』ライフ・サイエンス、1978年
『マクロファージの機能と機能測定法：新しいマクロファージの免疫生物学』菜根出版＜細菌学技術叢書＞、1985年
『免疫とはなにか：病気を防ぐからだのしくみ』講談社＜ブルーバックス＞、1987年
『免疫学概論』コロナ社、1992年
『闘う免疫：感染症・ガン・老化への挑戦』現代書林、1996年
『免疫力：病気をはねのける体になる』ダイヤモンド社、1998年
『臓器移植：生命重視型社会の実現のために』ダイヤモンド社、1999年
* 『新・免疫ミルク：免疫力をパワーアップ：母乳効果で健康に貢献』アクア出版、2003年
生体防御学の確立
野本氏は、生命現象を理解するための新しい学問分野として「生体防御学」を提唱し、その理論体系である生体防御論を確立しました。これは、生体が外来異物や変異した自己を排除し、体内の安定性を保つメカニズム全体を包括的に捉える考え方です。従来の免疫学が抗原特異的な反応（狭義の免疫）に焦点を当てがちで、非特異的な防御反応の重要性が見過ごされやすかった状況に対し、生体防御論は、実際の生体内での異物排除反応をより現実に即して理解する方法論を提示しました。
また、旧来の免疫学が精製タンパク質などを用いた研究を中心としていたのに対し、生体防御学は微生物や腫瘍のように生物活性を持つ異物に対する防御機構を解析することで、よりダイナミックな生体内のシステムとして防御を捉える視点を導入しました。この生体防御論に基づく研究から、「連続的バリアー」（異物侵入後、時間経過と共に異なる防御機構が働く現象）、「比重論的位置付け」（異物の違いに応じた防御機構の必要性）、そして「場選択性」（特定の場で防御活性化分子が効果を発揮する概念）といった重要な概念が生み出されました。特に、連続的バリアーの研究からは、プリミティブT細胞（PT）反応の発見といった画期的な成果が得られています。
このような学術的な貢献に加え、野本氏は教育者としても多くの優秀な研究者を育成し、国内外の大学で活躍する数多くの門下生を輩出しました。
脳死臓器移植への貢献
野本氏は、日本における脳死臓器移植の推進と定着に極めて大きな役割を果たしました。1980年代後半、欧米では脳死からの臓器移植が一般的になりつつあったにもかかわらず、日本では脳死を「人の死」とすることへの国民的理解が進まず、移植医療が遅れていました。
このような状況の中、野本氏は日本移植学会の学術集会会長として、脳死と臓器移植に関する国民の理解を深めるため、全国各地で市民参加型の公開シンポジウムを開催しました。医療関係者だけでなく、法律家、宗教家、患者家族、マスコミ関係者など多様な立場からの議論を促し、国民的合意形成に向けた土壌を耕しました。こうした地道な活動は、1997年の臓器移植法制定に大きく寄与しました。
法律施行後も、初の脳死からの臓器移植実施まで16カ月という期間がありましたが、野本氏は引き続き全国で普及啓発活動を展開し、国民の理解獲得に努めました。また、日本臓器移植ネットワーク（前身の日本腎臓移植ネットワーク時代から関与）においては、脳死移植に関する厳格な運用ルールやレシピエント選択基準を策定し、その遵守体制を構築しました。これは、移植件数を急増させたいという声がある中で、安全性を最優先し、医療事故を防ぐための布石となりました。
野本氏が目指した日本の脳死臓器移植は、「臓器提供意思表示カード」による意思表示の尊重、そして「フェア（公正）、ベスト（最善）、オープン（情報公開）」という三原則に基づいています。公正な提供機会の確保、質の高いチーム医療の実践、そして透明性の高い情報公開を徹底することで、日本の脳死臓器移植は一つも医療事故を起こすことなく社会的な信用を獲得し、その後の法改正による進展につながりました。
医療事故防止への貢献
野本氏は、公益財団法人日本医療機能評価機構の医療事故担当特命理事としても、日本の医療安全対策の発展に尽力しました。医療技術や機器・薬品の進歩に伴い医療現場が複雑化し、医療事故への不安が高まる中で、厚生労働省が推進する「医療安全ネットワーク整備事業」と連携し、2004年に設立された医療事故防止センター（現：医療事故情報収集等事業）のリーダーを務めました。
この事業における野本氏の基本的な考え方は、「患者は被害者、医療機関は加害者」という対立構造ではなく、患者と医療機関の協力によってのみ医療安全が達成されるというものでした。また、死亡など重大な事故だけでなく、「ヒヤリ・ハット」事例を含む幅広い情報を収集・分析することで、医療行為全体の流れの中で事故の発生源やリスクを特定し、大事故を未然に防ぐことを目指しました。この考えに基づき、情報提供医療機関の仕組みを構築し、収集された情報を分析した報告書や年報、医療安全情報などを定期的に公表することで、医療機関全体の安全対策の向上に貢献しました。さらに、薬局からのヒヤリ・ハット事例収集・分析事業にも関与し、医薬品使用における安全確保にも視野を広げました。
著作
「新生時胸腺摘出マウスを用いた腫瘍の免疫生物学的研究」 学位論文、1966年
『癌免疫の基礎』ライフ・サイエンス、1978年
『マクロファージの機能と機能測定法：新しいマクロファージの免疫生物学』菜根出版＜細菌学技術叢書＞、1985年
『免疫とはなにか：病気を防ぐからだのしくみ』講談社＜ブルーバックス＞、1987年
『免疫学概論』コロナ社、1992年
『闘う免疫：感染症・ガン・老化への挑戦』現代書林、1996年
『免疫力：病気をはねのける体になる』ダイヤモンド社、1998年
『臓器移植：生命重視型社会の実現のために』ダイヤモンド社、1999年
* 『新・免疫ミルク：免疫力をパワーアップ：母乳効果で健康に貢献』アクア出版、2003年
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