金々先生栄花夢

『金々先生栄花夢』は、安永4年（1775年）に刊行された黄表紙です。作者・画師ともに恋川春町による、上下二巻からなる作品です。

物語は、片田舎に住む貧しい青年、金村屋金兵衛が、江戸で立身出世しようと旅に出るところから始まります。道中、目黒不動尊の門前で粟餅屋に立ち寄り、粟餅を頼みますが、餅が蒸れるのを待つ間、奥座敷で眠りに落ちてしまいます。

すると、金兵衛は不思議な夢を見ます。そこには、多くの家来を従えた豪商、泉屋清三の番頭が現れ、清三が隠居することになり、後継者に金兵衛を指名したと告げます。金兵衛は清三の屋敷へ連れて行かれ、養子となり、莫大な財産を受け継ぎます。

金兵衛は「金々先生」と呼ばれるようになり、幇間や家来を連れて吉原や深川といった遊里で豪遊します。しかし、その贅沢は長くは続きません。家来たちは金兵衛の金に群がり、金をかすめ取ったり、金兵衛の遊興を巧みに利用するなどしていました。やがて金も底を尽き、金兵衛は場末の店で遊ぶ身となります。

金兵衛の放蕩ぶりに業を煮やした養父・ぶんずい（かつての泉屋清三）は、家来の源四郎の唆しもあって金兵衛を勘当し、屋敷から追い出します。

しかし、これは全て夢でした。金兵衛が目覚めると、粟餅がちょうど出来上がったところでした。金兵衛は、栄華を極めたとしても、それは儚い夢に過ぎないことを悟り、故郷へ帰るのでした。

この作品は、中国の謡曲『邯鄲』を下敷きにしたパロディ作品であると考えられています。しかし、それだけでなく、約100年前に刊行された仮名草子『元のもくあみ』も、その構想に影響を与えた可能性が指摘されています。

『金々先生栄花夢』は、草双紙、特に黄表紙の発展に大きな影響を与えた作品とされています。それ以前の草双紙は、主に子供向けの読み物でしたが、『金々先生栄花夢』の登場によって、大人も楽しめる読み物としての草双紙、すなわち黄表紙が確立されたとされています。しかし、実際には青本などにおいて既に大人の読者も取り込んでおり、本作がいきなり大人向けに転換したわけではないという指摘もあります。

本作は、当時の世相を反映している点も注目に値します。例えば、登場する「金々先生」という呼び名は、当時の流行語であり、裕福で粋な人物を指す言葉でした。また、吉原や深川の遊里の様子、大店の家来の不正行為など、当時の社会風俗がリアルに描かれています。

金兵衛の家来である源四郎は、金兵衛の金を盗み、最終的には金兵衛を屋敷から追い出す役割を担っています。源四郎は、「自分商い」と呼ばれる、主人の信用を利用した私的な商売で利益を得る、当時の悪徳家来の典型として描かれています。

『金々先生栄花夢』は、時代が下るにつれて評価が変化しました。文政期には既に「さほどおもしろきものでもなし」と評されることもありました。しかし、近世文学研究者からは、当時の社会情勢を反映した貴重な作品として再評価されています。

この作品は、一攫千金を夢見て江戸にやってきた若者たちの姿や、華やかな遊里の裏側、そして栄華の儚さを描いた、教訓的な物語と言えるでしょう。単なる夢物語ではなく、当時の社会風俗や流行を巧みに織り交ぜた、ユーモラスで興味深い作品です。

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