金君子

金君子（キム・グンジャ、1926年 - 2017年 7月23日）は、第二次世界大戦中の旧日本軍の慰安婦としての体験を、存命中に国内外で広く証言した韓国人女性です。彼女の生涯は、戦争による女性への暴力の実態と、その後の苦難、そして記憶の継承の重要性を示しています。

生い立ち

日本統治下の朝鮮、現在の江原道平昌郡に生まれた金君子氏は、幼くして厳しい境遇に見舞われます。10歳で父を、14歳で母を相次いで亡くし、孤児となりました。その後、16歳で養女として引き取られます。

慰安婦となる経緯

1942年3月頃、16歳または17歳だった金君子氏は、養父から「お金を稼げる良い場所がある」と聞かされます。ある証言では、朝鮮人の軍人に連れて行かれたと述べられています。また別の証言では、養父の勧めがあり、家にやってきた朝鮮人の軍人と共に出発したとも語られています。更に、「工場で働ける」と言われ、列車に乗せられ中国の琿春という町に連れて行かれたという証言もあります。いずれにしても、偽りの言葉や誘導によって連れて行かれた先は、旧日本軍の慰安所でした。金君子氏は後に、自身を慰安婦にした養父に対し、旧日本軍よりも強い憎しみを抱いていたと述べており、家族に裏切られたことの深い傷を示唆しています。

戦後の苦難

日本の敗戦後、金君子氏は故郷である朝鮮半島に戻りました。しかし、自身を慰安婦にした養父のもとへは帰ることはできず、行くあてもなく、北部（現在の北朝鮮）に住む友人の家に身を寄せました。その頃、かつて交際していた男性が彼女を訪ねてきます。彼は別の女性と結婚していましたが、その結婚を後悔していると語りました。金君子氏は迷いながらも彼と同棲を始めますが、男性の妻子からの非難に苦悩した男性は自殺してしまいます。この悲劇により、さらに男性の妻子から非難されることとなった金君子氏は、身の置き所がなくなり、朝鮮半島南部（現在の韓国）へと移り住むことになります。

名乗り出るまで

南部での生活は決して楽なものではありませんでした。一人暮らしをしながら、わずかな年金で生活していましたが、病気になっても医療費を払うこともできないほど困窮していました。そんな中、当時の韓国大統領であった金泳三氏がテレビを通じて、元慰安婦の女性たちに「名乗り出てほしい」と呼びかけているのを目にします。この呼びかけに応える形で、金君子氏は自らの体験を公にすることを決意します。そして、1998年3月12日、京畿道広州市にある、元慰安婦の共同生活施設であるナヌムの家へと移り住みました。

証言活動

ナヌムの家に移ってからの金君子氏は、自身の過去を語り、戦争の悲劇を伝える証言者として活動を始めます。2000年には、民間の立場で戦争責任を問うために開かれた女性国際戦犯法廷にて、他の元慰安婦らと共に証言台に立ちました。また、2007年2月15日には、アメリカ合衆国下院で開催された公聴会に出席し、当時の下院議員であったマイク・ホンダ氏が提出した対日非難決議案に関連して証言を行いました。この公聴会には、李容洙氏や元捕虜のジャン・ラフ・オハーン氏らも出席しており、金君子氏は自身が16歳で養父によって追い出され、朝鮮人の男性に連行された当時の状況を語りました。日本国内でも、東京の高校生が集まる平和集会などで証言を行い、若い世代に歴史の真実を伝えようと努めました。彼女の証言は、慰安婦にされる過程が多様であり、必ずしも日本軍兵士だけでなく、身近な人物や同胞が関与していた場合があること、そしてそのことが被害者にとってどれほど深い心の傷となったのかを浮き彫りにしました。歴史研究家の朴裕河氏がナヌムの家を訪れた際、金君子氏が日本軍よりも養父を深く憎んでいたことに衝撃を受けたというエピソードも、彼女の心の痛みの深さを物語っています。

晩年と死去

ナヌムの家で他の元慰安婦たちと共に暮らしながら、金君子氏は歴史の証言者としての役割を全うしました。長年にわたる活動の後、2017年 7月23日、老衰のため91歳で死去しました。

まとめ

金君子氏の生涯は、戦時下の女性に対する暴力がもたらす計り知れない苦痛と、それが戦後もなお個人の人生に重くのしかかる現実を示しています。同時に、自身の辛い過去と向き合い、それを社会に語り継ぐ勇気が、歴史の忘却を防ぎ、未来への教訓と成り得ることを教えてくれます。彼女の証言は、日本と韓国の間にある歴史問題に対し、人道的な視点から光を当てる重要な記録として、今もなお多くの人々に訴えかけています。

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