釜泥

概要

古典落語に伝わる演目の一つに「釜泥（かまどろ）」があります。この噺のルーツは、安永四年（一七七五年）に出版された笑話本『花笑顔』に収められた「盗人」という一編にあるとされています。滑稽噺として知られ、江戸の町を舞台に展開される珍妙な盗難騒動を描いています。

あらすじ

物語は、世間で名高い石川五右衛門の釜茹での刑にまつわる話題から始まります。五右衛門の伝説があまりにも有名になったため、同業である泥棒たちは面白くない気持ちを抱いていました。そんな折、一人の泥棒が奇妙な提案をします。「五右衛門の供養として、東京中の釜を盗んでやろうではないか」。この突拍子もないアイデアに他の泥棒たちも賛同し、俄かに江戸の町では釜が次々と盗まれるという前代未聞の事件が頻発します。

被害に遭った者たちの中に、豆腐屋を営む老夫婦がいました。豆腐屋にとって釜は商売道具の要であり、これが盗まれてしまっては店を閉めるほかありません。そこで、釜を守るために、爺さんが釜の中に隠れて寝ずの番をすることにしました。しかし、彼は酒好きが高じて、番をしている最中に酒を飲んでしまい、ついには釜の中で眠り込んでしまいます。

そこへ、二人の泥棒がやって来ました。まんまと釜を盗み出した二人は、重い釜を担いで運び始めます。ところが、運んでいる最中に釜の中から何やら声が聞こえてくるではありませんか。不審に思いながらも運び続けると、今度は釜が激しく揺れ始めます。釜の中で寝ていた爺さんが、その揺れを地震だと勘違いして目を覚まし、驚いて釜の中から顔を出したのです。突然、釜から人間の顔が現れたことに泥棒たちは腰を抜かし、恐怖のあまり釜をその場に投げ捨てて一目散に逃げ去ってしまいました。

釜から這い出した爺さん。辺りを見回すと、そこは見慣れない広い野原でした。家があったはずの場所が野原になっているのを見て、爺さんは勘違いをしてしまいます。「しまった、今度は家そのものを盗まれてしまった！」。こうして噺は締めくくられます。

聴き所

この噺の魅力はいくつかあります。一つ目は、豆腐屋の老夫婦が泥棒から釜を守ろうと知恵を絞る、そのやり取りです。特に、爺さんが釜に入って番をするというユニークな「撃退法」を巡る夫婦間の会話は、聴き手を惹きつけます。

二つ目の聴き所は、釜を盗んだ泥棒たちの反応です。釜の中から聞こえる奇妙な音や、突然の揺れに困惑する彼らの狼狽ぶりが、噺の可笑しさを一層際立たせます。予期せぬ出来事に遭遇した泥棒たちの心理描写が見事に描かれています。

また、原話とされる『花笑顔』の「盗人」では、家財道具を全て盗まれた人が、残された釜の中で仕方なく寝ていたところを泥棒に運ばれてしまう、という設定であったと伝えられています。落語の「釜泥」では、豆腐屋の商売を守るためという動機や、爺さんが自ら釜に入るという工夫、そして酒に酔って寝込んでしまうという描写が加わることで、より人間味あふれる、滑稽な物語へと発展している点が興味深い対比と言えるでしょう。登場人物たちの素朴さや、状況の意外性が生み出すユーモアが光る古典落語の名演目の一つです。

武藤禎夫氏の著書『定本 落語三百題』の解説などでも紹介されており、演者によって様々な工夫が凝らされる楽しみ方もできる噺です。

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