鉄の星

鉄の星（てつのほし）

鉄の星とは、現在の宇宙物理学で想定される未来の極めて遠い時代に、理論上出現する可能性が考えられている仮説上の天体です。その特異な性質は、宇宙を構成する素粒子である陽子の寿命に深く関連しています。

この天体が存在するためには、極めて重要な前提条件があります。それは、陽子崩壊という現象が起こらないという仮説です。

陽子崩壊と鉄の星

素粒子物理学の一部の理論では、陽子は非常に長いながらも有限の寿命を持ち、やがて崩壊して別の素粒子に変化すると予測されています。しかし、2020年2月現在を含め、陽子崩壊を示す確かな観測証拠は得られていません。もし陽子が崩壊しない、あるいは予測される寿命よりもはるかに長い寿命を持つ安定な粒子であるならば、宇宙の進化は現在考えられているものとは異なる道をたどる可能性があります。

高エネルギー加速器研究機構の松原隆彦教授らの指摘によれば、もし陽子崩壊が起こらないと仮定するならば、宇宙に存在するあらゆる原子核は、極めて長い時間をかけて最終的に最も安定な原子核である鉄（特に鉄56同位体）へと変化していくと考えられています。

鉄の星の形成過程

この鉄への変換プロセスは、原子核の種類によって異なります。

鉄より軽い原子:
これらの原子核は、量子力学的なトンネル効果やミューオン触媒核融合といった非常にゆっくりとしたプロセスを通じて、低温状態でも核融合を起こす可能性があります。
これらの核融合反応が繰り返されることで、徐々に原子番号が増加し、最終的には最も結合エネルギーが小さい（最も安定な）鉄56へと変換されていきます。

鉄より重い原子:
これらの原子核は不安定なものが多く、自発的な核分裂やアルファ崩壊などの放射性崩壊を起こします。
これらの崩壊によって、原子核はより小さな原子核に分裂し、最終的には鉄の原子核にたどり着きます。

このようにして、宇宙に存在するすべての物質は、非常に長い時間をかけて鉄に姿を変えていくと考えられます。その結果、恒星と同程度の質量を持つ巨大な天体が形成された場合、それは「鉄の星」と呼ばれる冷たい鉄の塊として存在する可能性があるのです。

出現時期とその後の運命

このような極めて異質な天体が出現するのは、想像を絶するほど遠い未来であると予測されています。理論物理学者のフリーマン・ダイソンは、この鉄の星が宇宙に現れるのは、ビッグバンからおよそ10の1500乗年後という途方もない時間スケールであると計算しました。

しかし、鉄の星ですら宇宙における究極的な安定形態ではありません。ダイソンはさらに、その後の時間の経過、およそ10の（10の76乗）乗年後という、もはや宇宙の終焉に限りなく近い時代には、鉄の星もまた量子トンネル効果などによる変化を経て、より密度が高く安定な天体、すなわち中性子星かブラックホールへとその姿を変えていく可能性を示唆しています。

鉄の星は、陽子崩壊が存在しないという特定の条件下で想定される、宇宙の物質進化の究極的な姿の一つを示す仮説上の概念であり、私たちが知る現在の宇宙や天体とは全く異なる、遥か未来の宇宙の姿を垣間見せてくれます。

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