鏡保之助

鏡 保之助は、慶応4年（1868年）に駿河国（現在の静岡県）で中川として生まれ、昭和6年（1931年）に没した、明治後期から昭和初期にかけて日本の農業分野で活躍した人物です。彼は農学者、農業教育者、そして庭園研究家として知られ、特に人造肥料の効率的な利用法に関する原理を発表、庭園研究にも情熱を注ぎました。

その経歴は多岐にわたります。明治23年（1890年）に帝国大学農科大学を卒業後、同年8月から明治29年（1896年）3月まで母校の静岡県尋常中学校で英語、博物学、農業の教壇に立ちました。明治30年（1897年）からは農商務省農事試験場の技師を務めました。明治38年（1905年）から明治42年（1909年）は京都府立農林専門学校で教諭、のち校長。明治42年には千葉県立園芸専門学校の初代校長に就任し、千葉県農事試験場長も兼任しました。明治43年（1910年）には庭園調査のため欧米視察へ。大正元年（1912年）には朝鮮総督府勧業模範農場長に転じ、大正10年（1921年）から生涯を終えるまで盛岡高等農林学校の校長を務め、農業教育の振興に尽力しました。

鏡が庭園研究に足を踏み入れたのは、京都勤務時代に名園に触れたのがきっかけです。庭園学への研究心を抱き、その成果は『日本園芸雑誌』に「庭園及観賞植物に就て」、『園芸之友』に「将来に於ける本邦の庭園」として発表されました。「庭園及観賞植物に就て」は欧米視察の知見を基に執筆されています。

彼は庭園を大きく二つの形式に分類しました。「整形式庭園」（Regular Garden）は古式/近世式とも呼ばれ、仏・伊・蘭などで発展。左右対称、地上模様、高所からの鑑賞に適し、仏ヴェルサイユなどが代表例です。「不整形式庭園」（Irregular Garden）は自然の姿を映し出すことを目指します。不整形式は「実景的庭園」と「写景的庭園」に分かれます。実景的庭園は実際の風景を表現するもので、芝生式（英国式）、樹林地式（大陸式/ボワ）、森林式、木立芝生式（ハイン式）の四種があります。写景的庭園は日本固有で、実際の美しさでなく樹木や石、築山などで自然風光を縮小表現することを特色とします。彼は、庭園形式は気候に影響され、整形式から不整形式への移行は、絵画が写実化へ進んだように、芸術美に対する考え方の深化の結果であると考察しました。

「将来に於ける本邦の庭園」では、欧米の研究・教育機関に対し、日本では美術や音楽に高等教育があるのに庭園にはなく、古い様式に固執し、植木屋によって古庭園の趣が損なわれている現状を批判。庭園史調査を基盤とした庭園学確立の必要性を訴えました。個人的な将来像として、生活様式の近代化、特に建築物の大型化に伴い、縮小庭園は減少し、より広大な樹林式や芝生式、公園のような形式が増えると予測しました。日本の建築の洋風化や茶道・禅道の衰退により、清楚な趣は薄れ、華やかな装飾花壇を持つ遊園が増えるだろうと論じました。さらに、夢想的な造園でなく、植物学に基づいた樹木や灌木の自然な性質の研究が重要になる一方、古来様式を学ぶ価値も強調しました。伝統的な禁忌や方位に関する説は、否定しないものの、将来的に重視されなくなるだろうとの見解を示しました。

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