長尾靖

長尾 靖（ながお やすし）

写真家、長尾靖は、1930年5月20日に東京都で生まれ、2009年5月2日に80歳（満78歳没）でその生涯を閉じました。彼の名は、歴史的な出来事の決定的瞬間を写し取った一枚の写真によって、世界的に知られることとなりました。

経歴と決定的な一枚

長尾靖は、1953年に千葉大学工学部工芸化学科写真映画専攻を卒業後、毎日新聞社に入社し、写真家としてのキャリアをスタートさせます。

彼が一躍その名を世界に知らしめることになったのは、1960年10月12日に日比谷公会堂で発生した日本社会党委員長、浅沼稲次郎氏の刺殺事件における決定的瞬間の撮影でした。右翼の少年が演説中の浅沼氏に壇上で襲いかかるその衝撃的な瞬間を、長尾氏は偶然にもカメラに残された最後のフィルムの一枚で捉えていたのです。この緊迫した状況下での撮影の経緯については、沢木耕太郎氏の著書『テロルの決算』に詳しく描かれています。

この写真が持つ歴史的な重要性と、その劇的な瞬間を切り取った写真家としての力量は高く評価されました。翌1961年、長尾氏はこの写真で、日本人として初めてピューリッツァー賞写真部門を受賞するという歴史的な快挙を成し遂げます。さらに、同じ写真で世界報道写真大賞も受賞しており、これもまた日本人初の受賞でした。まさに二重の栄誉であり、彼の名前は写真史に刻まれることとなります。

その後の人生

毎日新聞社での輝かしい実績を残した後、長尾氏は1962年1月には同社を退社し、フリーランスの写真家として独立の道を選びました。しかし、その後の道のりは必ずしも華やかなものではなかったようです。

独立後、彼は東京都豊島区に自宅兼事務所を構えましたが、高名な受賞歴を持つ一方で、生計を立てるためには様々な仕事を請け負っていたと伝えられています。外国通信社の記事翻訳を手伝ったり、航空会社の広報誌の編集に参加したりといった、必ずしも写真家としての表舞台とは言えない地道な依頼もこなしていたようです。

彼の私生活についてはあまり多く語られていませんが、1986年には独身であり、家族や親しい親族がいない「天涯孤独」の状態であると報じられたこともありました。実際、彼は生涯独身であったことが分かっています。

晩年と死

長尾靖は晩年も東京都豊島区の自宅で暮らしていました。2009年5月2日、彼の自宅アパートを訪ねた知人によって、長尾氏はすでに息を引き取っている状態で見つかりました。死後数日が経過していたと推測されています。

歴史的な瞬間の写真で世界的な名声を得ながらも、その後の人生は静かなものであった長尾氏。しかし、彼の死後、静岡県南伊豆町にあった自宅の遺品整理を行った遺族によって、かつて世界的な栄誉をもたらしたピューリッツァー賞の受賞証書が発見されたというエピソードも残されています。

長尾靖が生んだ一枚の写真は、日本の、そして世界の歴史における重要な記録として、今なお語り継がれています。

関連事項:

浅沼稲次郎暗殺事件
ピューリッツァー賞 写真部門

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