長沢芦雪

長沢芦雪：江戸時代の奇想の画家

長沢芦雪（ながさわろせつ、1754年-1799年）は、江戸時代後期の絵師です。円山応挙に師事し、その大胆な構図と、写実を軽やかに飛び越える独創的な画風で知られています。師である応挙とは対照的な作風から、曾我蕭白、伊藤若冲らと共に「奇想の画家」として高く評価されています。

波乱に満ちた生涯

芦雪の生涯については、詳細な記録が残されているわけではありません。丹波国篠山に生まれた芦雪は、いつ応挙の弟子になったのか明確ではありませんが、少なくとも25歳の時には既に応挙のもとで学んでいたことが分かっています。しかし、入門以前の作品からも高い技量を窺うことができ、並々ならぬ才能を持っていたことがうかがえます。

33歳の頃には、紀州の無量寺の本堂再建を機に、多くの障壁画を制作しています。無量寺の『龍虎図』をはじめ、串本町無量寺、古座町成就寺、白浜町草堂寺、田辺市高山寺など、現在でも180面以上の障壁画が現存しており、その多くが芦雪の代表作として高く評価されています。これらの障壁画は、芦雪の自由奔放な画風が最も顕著に表れている作品群と言えます。

私生活においては、妻の流産や幼い子供たちの死を経験するなど、辛い時期も過ごしました。また、芦雪は奔放で快活な性格の一方で、傲慢な一面もあったと伝えられており、そのせいか「応挙に破門された」というような根拠の無い噂話も存在します。そして、その死についても毒殺説や自殺説など、謎に満ちた多くの憶測が飛び交っています。

独自の画風

芦雪の絵画は、師である応挙の写実的な作風とは異なり、黒と白の極端な対比や、写実を無視した大胆な構図が特徴です。特に南紀滞在中に制作された障壁画には、その傾向が顕著に見られます。基本的には明るく軽快な作風ですが、『山姥』のようなグロテスクで陰惨な印象の作品や、油彩画風の作品、朦朧体を思わせるような作品も残しており、その表現の幅広さは驚くべきものです。

芦雪が頻繁に使用していた「魚」朱文氷形印は、天明5年頃から使い始め、寛政4年頃には欠損したとされています。この印章には、修行時代の体験に由来する逸話が残されています。寒い冬の朝、凍った小川に閉じ込められた魚を救出した経験から、応挙に諭された「修行の末には氷が溶けるように画の自由を得られる」という言葉を胸に、終生この印を使い続けたと言われています。

芦雪は『大仏殿炎上図』という、方広寺大仏殿の炎上を描いた作品も残しています。これは寛政10年、落雷による火災で焼失した大仏殿を、実際に目の当たりにして描いたと伝えられています。

死後

芦雪の死後、養子とされる長沢芦洲、そして芦洲の子である長沢芦鳳がその画業を継承しました。芦鳳は芦雪の肖像画を描いており、現在もその作品は残されています。

表記について

芦雪の姓は「長沢」と「長澤」、号は「芦雪」と「蘆雪」の表記があり、どちらが正しいのか議論の的となっています。現在では「芦雪」の表記が一般的ですが、画家本人が用いた表記や、漢字の旧字・新字の組み合わせなどの観点から、「長沢蘆雪」とするのが適切とする意見もあります。

主要作品

芦雪の代表的な作品としては、和歌山県にある無量寺、成就寺、草堂寺などの障壁画が挙げられます。これらの作品は重要文化財に指定されており、芦雪の独特な画風を存分に堪能することができます。

奇想の画家としての評価

長沢芦雪は、その自由奔放で奇抜な画風から、「奇想の画家」として高く評価されています。その作品は、現代においても人々を魅了し続けており、江戸時代の絵画史における重要な存在として、広く認識されています。彼の作品からは、型にはまらない自由な発想と、独自の美意識が感じられます。

参考文献

辻惟雄 『奇想の系譜』
宮島新一 『長沢芦雪 日本の美術219』
狩野博幸監修 『長沢芦雪 千変万化のエンターテイナー』
その他多数の文献、展覧会図録等

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