長谷川海太郎

長谷川海太郎：変幻自在の筆が紡ぐ昭和の物語

長谷川海太郎（1900年 - 1935年）は、昭和初期に活躍した小説家、翻訳家です。林不忘、牧逸馬、谷譲次という3つのペンネームを使い分け、時代小説、犯罪実録、アメリカ体験記など、多岐にわたるジャンルで作品を発表し、大衆を魅了しました。それぞれの名義で全く異なる作風を確立した、異色の作家として知られています。

生い立ちと海外への憧憬

長谷川海太郎は、新潟県佐渡島に生まれました。父は英語教師でジャーナリストという知識人で、幼い頃から英語を教えられ、海外への憧れを抱いて育ちました。また、石川啄木に傾倒し、文芸活動にも励みました。函館中学時代にはストライキを主導したことで退学処分となり上京、明治大学に進学。大学在学中から文学活動を行い、大杉栄の家に出入りするなど、自由な気風の中で過ごしました。

1920年、父親の援助で渡米し、オベリン大学に入学するもすぐに退学。その後はアメリカ各地を放浪し、様々な職業を転々としながらIWW（世界産業労働組合）の活動にも参加しました。1924年には船員として世界を巡り、帰国。

三つの顔を持つ流行作家へ

帰国後、『新青年』などの雑誌に作品を発表し始めます。谷譲次名義では、アメリカでの体験を基にした「めりけんじゃっぷ」シリーズを発表。日系移民の生活をユーモラスに描き、人気を博しました。また、牧逸馬名義では、海外の犯罪実話や都市風俗小説などを執筆。女性読者からの支持も集めました。

そして、林不忘名義で発表した時代小説「新版大岡政談」（後の「丹下左膳」シリーズ）は、海太郎の代表作となりました。隻眼隻腕の剣豪・丹下左膳の活躍を描いた物語は、たちまち大人気となり、映画化もされました。

多忙な執筆生活と突然の死

人気作家となった海太郎は、複数の連載を抱え、多忙な日々を送りました。1928年からは中央公論社の特派員としてヨーロッパを巡り、その紀行文は「踊る地平線」として発表されました。

しかし、1935年6月、自宅で心臓発作を起こし、36歳という若さで急逝しました。死後も、彼の作品は多くの人々に読み継がれ、映画や演劇など、様々な形で展開されています。

長谷川海太郎の評価

長谷川海太郎は、その多才な作風と斬新な文体で、昭和初期の大衆文学に大きな足跡を残しました。特に、「めりけんじゃっぷ」シリーズは、移民文学の先駆けとして高く評価されています。また、林不忘名義で生み出した丹下左膳は、時代を超えて愛されるキャラクターとなりました。

丸木砂土は「日本文学史の上に新しい民族文学を、新しい混血文学を生み出した」と評し、伊集院斉は牧逸馬の文章について「雅言、俗語を奔放自在に駆使する事、外国語、特にアメリカン・イングリツシユの微妙なニウアンスを取入れるに妙を得ている事、軽快なユーモアを飛ばす事、等々にかけては、多分、当代、彼に比肩し得るものはあるまい。」と評しています。

主要作品

谷譲次：「めりけんじゃっぷ」シリーズ、「テキサス無宿」、「踊る地平線」
林不忘：「丹下左膳」シリーズ
* 牧逸馬：「世界怪奇実話」、「浴槽の花嫁」

長谷川海太郎は、時代とジャンルを超えて、読者を魅了する物語を紡ぎ続けた、稀代のストーリーテラーでした。その作品は、今もなお、私たちに新鮮な感動と驚きを与えてくれます。

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