防砂

砂防（さぼう）

概要と目的

砂防とは、主に山地や渓流を水源とする河川において、土砂の生産、流出、堆積によって引き起こされる災害、すなわち土石流、地すべり、河床や河畔の侵食などを防ぎ、下流域の地域社会、生命、財産を保全することを目的とした総合的な対策を指します。これは、治山・治水事業の中でも特に土砂の動きに焦点を当てた重要な分野といえます。土砂災害は突発的に発生し、時には甚大な被害をもたらすため、事前の予防策としての砂防の役割は極めて大きいのです。

歴史的背景と重要性

日本は国土の約7割を山地が占め、加えて地質が比較的脆弱であり、さらに梅雨や台風による集中的な豪雨に見舞われやすい地理的・気候的条件から、古くから土砂災害が多発してきました。このような背景から、江戸時代には既に各地で砂防的な取り組みが行われていましたが、明治時代に入り、近代的な治水技術と共に砂防技術も導入され、体系的な事業が展開されるようになりました。特に、明治30年（1897年）に砂防法が制定されたことは、国が砂防事業を推進する上で大きな転機となりました。以来、幾多の災害を教訓として、技術は発展し、対策は強化されてきました。現代においても、都市近郊にまで山地が迫る地域が多く存在するため、砂防の重要性は増すばかりです。

主な砂防施設とその機能

砂防事業の根幹をなすのが、各種の砂防施設、いわゆる「ハード対策」です。代表的なものとして、以下の施設が挙げられます。

砂防堰堤（砂防ダム）: 渓流の上流部に設置されるコンクリートや鋼製の構造物です。大雨時に土砂や流木を捕捉・貯留し、下流への急激な流出を防ぎます。また、土砂を堆積させることで渓床勾配を緩やかにし、平常時の水の流れを安定させる効果もあります。透過型堰堤のように、平常時の水の流れや魚の遡上を妨げにくい構造のものも開発されています。
流路工: 渓流の側壁を護岸したり、河床をコンクリートなどで固めたりする工事です。水の勢いを抑え、河岸の侵食を防ぎ、流路を安定させることで、土石流の発生・拡大を抑制します。
山腹工: 渓流周辺の崩壊しやすい山腹斜面を安定させるための工事です。植栽による根による土砂の保持、法枠工や吹付工による斜面の保護などが行われます。土砂の発生源対策として重要です。
地すべり対策工: 地すべりが発生している、または発生のおそれがある区域で行われる対策です。地中の水を抜くための排水施設（集水井、横ボーリングなど）や、斜面を物理的に固定するためのアンカー工や杭工などがあります。

砂防事業の対象区域と法規

砂防法に基づき、土砂災害のおそれがあり、砂防工事を要すると認められる区域は「砂防指定地」として指定されます。この指定地内では、土砂の堆積や流出に影響を与えるような行為（土地の掘削、樹木の伐採など）が制限される場合があります。砂防事業は、主に国土交通省や都道府県によって計画・実施されます。砂防法以外にも、地すべり等防止法、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律など、関連する法律と連携して事業が進められます。

近年の動向とソフト対策

近年、砂防事業においては、単に頑丈な構造物を造るだけでなく、自然環境や生態系への配慮、景観との調和が強く意識されるようになっています。多自然型川づくりや透過型堰堤などがその例です。また、構造物だけでは防ぎきれない大規模な災害に備えるため、避難情報の発令体制の整備、ハザードマップの作成・周知、地域住民の避難訓練といった「ソフト対策」との連携が不可欠と考えられています。ハード対策とソフト対策を適切に組み合わせることで、土砂災害に対する地域全体のレジリエンス（災害対応力）を高めることが目指されています。

効果と課題、今後の展望

砂防事業は、過去の多くの事例からも明らかなように、下流域の土砂災害リスクを大幅に低減させる効果があります。しかしながら、事業の実施には多大な費用と時間がかかります。また、一度設置された施設の維持管理も継続的に行う必要があります。さらに、構造物の設置が周辺の自然環境や生態系に影響を与える可能性も指摘されており、環境保全との両立が重要な課題となっています。

気候変動の影響により、かつて経験したことのないような集中豪雨が頻発する傾向にあり、土砂災害のリスクは高まっています。このような状況を踏まえ、今後は既存施設の機能強化に加え、最新の観測・予測技術を活用した早期警戒システムや、地域コミュニティと連携した避難体制の構築など、ハード・ソフト両面からの多層的な対策が一層重要になるでしょう。地域の実情に応じたきめ細やかな対策計画と、国民の土砂災害に対する意識向上も、今後の砂防を考える上で欠かせない要素となります。

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