陵墓参考地

陵墓参考地とは

陵墓参考地とは、広義の陵墓の中で、被葬者が特定できないものの、陵墓である可能性が高いと判断され、宮内庁によって管理されている墳墓などを指します。これらの場所は、狭義の陵墓と同様に立ち入りが制限されていますが、祭祀の対象とはなっていません。本記事では、陵墓参考地が成立する以前の「御陵墓見込地」「御陵墓伝説地」「御陵墓伝説参考地」についても解説し、その歴史的な変遷を辿ります。

現在の陵墓参考地一覧

1993年3月時点の『陵墓要覧』には、46基の陵墓参考地が記載されています。ただし、同資料には推定被葬者の記載がないため、「該当御方」は1949年の『陵墓参考地一覧』に基づいています。また、考証については、1949年、1957年、1958年の各『陵墓参考地一覧』に記載された内容を転載しています。これらの考証については、後述の「太平洋戦争後の陵墓参考地の考証」で詳しく解説します。

過去に陵墓参考地であった墳墓一覧

過去に陵墓参考地（御陵墓見込地・御陵墓伝説地）であったものの、その後の調査で正式な陵墓に移行したり、指定が解除された墳墓の一覧についても触れます。

陵墓参考地の沿革

前史

明治政府は、天皇を中心とした政治体制を確立する中で、歴代天皇の陵墓を管理するようになりました。近世からの治定を引き継いだものもあれば、皇后や皇族の墓については不明なものが多く、その決定が必要とされました。1872年、政府は全国の府藩県に対し、皇族の陵墓に関する調査を命じました。この調査の詳細は不明ですが、1873年には対馬の「安徳天皇御陵と称する場所」の保護を命じた記録が残っています。

1881年には、天武・持統天皇陵が現在の野口王墓古墳（檜隈大内陵）に治定され、これに伴い、以前は陵墓とされていた見瀬丸山古墳（畝傍陵墓参考地）の指定が解除されました。しかし、「見込みある場所」として、引き続き宮内省の管轄下に置かれることになりました。

御陵墓見込地

1882年時点で、顕宗天皇をはじめとする13陵や、皇后以下の多くの陵墓が未決定のままでした。また、陵墓の可能性がある土地が田畑になっているなど、放置すれば墳墓が破損する恐れがありました。そのため、宮内卿の徳大寺実則の提言により、陵墓の可能性のある土地を官有地であれば地種を変更、民有地であれば買い上げた上で「御陵墓見込地」としました。

1883年には、山口県、高知県、長崎県の3か所が安徳天皇の御陵墓見込地に設定されました。さらに1885年には、奈良県の2つの古墳が御陵墓見込地に設定されました。これらの古墳は、文久修陵では元明[[天皇]]と元正[[天皇]]の陵とされていましたが、慶応年間に現在の場所に陵が治定されたため、民有地となっていました。

なお、この時の記録には明記されていませんが、御陵墓見込地には推定被葬者名が冠されていたとされています。

御陵墓伝説地

1885年には、新たに「御陵墓伝説地」というカテゴリーが設けられました。これは、上述の3か所の「安徳天皇御陵墓見込地」を対象としたもので、被葬者名を外して単に「御陵墓伝説地」と称されるようになりました。

御陵墓伝説参考地

1888年には、「御陵墓伝説参考地」というカテゴリーが設定され、のちに花園、相馬、越知、西市、佐須の各陵墓参考地となる地が指定されました。これらのうち、花園、越知、西市、佐須の各陵墓参考地は、いずれも安徳天皇のものとして、御陵墓見込地や御陵墓伝説地に指定されていたものです。また、相馬陵墓参考地は、長慶天皇を被葬者として指定されましたが、これは長慶天皇の在位が公的に認められるよりも早い時期であるという点で注目されます。

御陵墓参考地

1895年には、新たに「御陵墓参考地」というカテゴリーが設定されました。1897年までに、「御陵墓見込地」「御陵墓伝説参考地」のカテゴリーは廃止され、「御陵墓伝説地」と「御陵墓参考地」の2カテゴリーが併存することになりました。ただし、御陵墓伝説地の方が陵墓の可能性が高いとされていました。

1897年発行の『陵墓一覧』には、御陵墓伝説地が20箇所、御陵墓参考地が6箇所指定されています。その後、1901年発行の同資料では、新たな指定も行われましたが、一部の陵墓参考地が記載から外れており、その理由については諸説あります。

1915年発行の『陵墓要覧』では、記載から外れていた陵墓参考地が再掲載されたほか、新たな指定も追記されました。さらに1925年には、『陵墓一覧』が枢密院の内部資料として作成されています。

皇室陵墓令施行規則

1926年には、陵墓管理体制の規則として『皇室陵墓令』と『皇室陵墓令施行規則』が施行されました。これらの法令は、宮内庁の陵墓管理の原型となり、現在に至るまで影響力を持っています。

『皇室陵墓令施行規則』の第18条には「陵墓参考地」の文言が登場し、それまでの「御陵墓伝説地」「御陵墓参考地」の2カテゴリーが統一されました。しかし、その内容は「台帳に登録し図面を添付する」程度のもので、具体的な規定は定められていませんでした。

1927年には、陵墓参考地の呼称について、固有名称がある場合はその名称を冠し、ない場合は所在地の町村名、大字名、小字名までを冠することが決定しました。

臨時陵墓調査委員会と陵墓参考地の考証

1935年から1944年にかけて、宮内大臣の諮問機関として臨時陵墓調査委員会が設置されました。この委員会は、国学者や考古学者などの専門家で構成され、陵墓と陵墓参考地を調査しました。この調査の結果、長慶天皇の嵯峨東陵をはじめ、1陵11墓が治定されました。

この委員会の資料によれば、「陵墓参考地は一定の必要により存置されたものであるが、調査次第では存置の必要のないものも出てくるであろう」とされており、陵墓参考地の解除についても検討されていたことがわかります。

太平洋戦争後の陵墓参考地の考証

太平洋戦争後、GHQ占領下で天皇制についての議論が活発になり、陵墓や陵墓参考地についてもこれまでとは異なる議論が行われるようになりました。特に、仁徳[[天皇]]陵をはじめとする陵墓や陵墓参考地の学術調査が検討されました。1951年には、円山・黄金塚陵墓参考地の実測調査が許可され、1955年には、鵺塚・姫塚陵墓参考地の発掘調査が行われ、移設と指定解除が行われています。

このような状況下で、1949年10月には宮内庁書陵部の内部資料として『陵墓参考地一覧』が発行されました。この資料には、想定される被葬者の名前が記され、指定年月日や指定前の地目・所有・編入に加え、「考証意見」として被葬者の信憑性度合いがランク付けされました。この考証は、1957年に一度だけ改訂されています。この比較から、信憑性の高いものについては「永く保存」とする一方で、低いものについては「解除可能」とする再編が積極的に検討されたことが伺えます。

この方針のもと、1957年から1963年にかけて陵墓参考地の調査が行われました。この調査によって新たな指定解除は行われませんでしたが、1958年には藤井寺陵墓参考地が、1969年には畝傍陵墓参考地がそれぞれ国指定史跡に指定されています。また、1959年には、この調査資料とみられる『陵墓参考地一覧』が作成されています。

その後、『陵墓要覧』が1956年、1974年、1993年に発行されていますが、これらには被葬者や考証についての記載はなく、国会でも宮内庁は「被葬者は不明」との答弁をしています。

過去に陵墓参考地の指定が検討された墳墓

今城塚古墳

1935年に、継体天皇の陵と推測されている今城塚古墳について、陵墓参考地に指定すべきかどうかが臨時陵墓調査委員会に諮問されました。委員会は、翌年に「陵墓参考地に編入すべきと認める」との調査結果を報告しましたが、現在に至るまで陵墓参考地には指定されていません。

御室塚古墳・浅間塚古墳・稲荷塚古墳

1901年には、埼玉県にある御室塚古墳、浅間塚古墳、稲荷塚古墳について、「御陵墓伝説地が内定されたので厳重取締」をするように指示が出されています。これらの古墳は、御諸別王とその子孫が被葬者と推測されていますが、現在に至るまで陵墓参考地には指定されていません。

参考文献

外池昇「明治期における陵墓決定の経緯-皇子・皇孫等の場合」『成城文藝』第110巻、成城大学文芸学部、1985年、NAID 110000245683。
外池昇『事典陵墓参考地もうひとつの天皇陵』吉川弘文館、2005年。ISBN 4642013458。