雀 (小説)

太宰治『雀』：戦後を生きる人々の姿

太宰治の短編小説『雀』は、太平洋戦争末期、激化する本土空襲を逃れて故郷である青森県へ疎開した著者が、戦後間もない昭和21年頃に執筆した作品です。2024年には、三鷹市が880万円で購入した直筆原稿が確認され、その貴重な資料を通して、作品に秘められた深遠な意味が改めて注目を集めています。

物語は、津軽地方に疎開後、約一ヶ月が経った「私」が、五所川原で酒とタバコを購入し、旧友である加藤慶四郎を訪ねる場面から始まります。慶四郎は、戦争で負傷し、胸に傷痍軍人の徽章をつけた姿で現れます。かつて小学校の同級生であった二人は、久しぶりの再会を果たします。慶四郎は東京の大学を卒業後、教師として勤めていたものの、兵役を経て病気療養中であり、終戦を伊東温泉で迎えたとのことでした。

「私」は、慶四郎に無理やり酒を押しつけ、後日、彼の自宅を訪問します。慶四郎は、酒にはほとんど手をつけずに「私」を待っていました。会話の中で、伊東温泉の療養所の向かいにあった射的場の話になります。そこにはツネちゃんという若い女性がおり、戦争という荒波の中でたくましく生きていました。ツネちゃんは、戦争に巻き込まれようとも、怯む様子は全く見せず、淡々と生きていく決意を語ります。

慶四郎はツネちゃんの境遇を目の当たりにし、戦争の残酷さと人間の心の複雑さを痛感します。射的場の一番難しいゲームである「雀撃ち」に、彼は何とも言えない物悲しさを感じながら挑戦します。ブリキ製の雀の標的を撃つこのゲームは、戦争によって失われたもの、そして未来への不安を象徴しているかのようです。

この作品は、単なる旧友との再会物語にとどまりません。戦争によって引き裂かれ、傷つけられた人々の心の闇と、それでも前を向いて生きていこうとする生命力の輝きを、繊細な筆致で描き出しています。静謐な雰囲気の中に、深い悲しみと希望が共存する、太宰治ならではの独特の味わいを持った作品と言えるでしょう。

『雀』は、戦後の混乱と喪失感、そして再生への微かな希望が混在する時代を背景に、人間の弱さと強さを描き出した、深く心に響く物語です。表面的な描写だけでなく、登場人物たちの心情や、時代背景を深く理解することで、この作品が持つ真価をより深く味わうことができるでしょう。また、2024年に発見された直筆原稿は、作品への理解をより一層深める貴重な資料となっています。太宰治の代表作のひとつとして、今後も多くの読者を引きつけ続けることでしょう。

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