雛の宿

短編小説『雛の宿』

『雛の宿』は三島由紀夫が1953年に発表した短編で、彼の書く怪談系統の作品の一つに分類されます。この物語は、大学2年生の「僕」が桃の節句の夕方に銀座を訪れた際に出会った少女、神田キヨ子との不思議な体験を描写しています。読者は、物語を通じて複雑な感情や、幻想が入り交じった世界に引き込まれていきます。

物語の冒頭、「僕」は学年試験を終え、のんびりと銀座を散策していました。ふと目に留まったのは、パチンコ屋の隣の台におさげ髪の女学生がいたことです。この少女に興味を持った「僕」は、彼女が去年亡くなった妹と同い年であることから特別な感慨を抱きます。無邪気な笑顔を持つキヨ子と一緒に店を出ると、彼女は自らの家に招待します。

キヨ子の家に到着すると、そこで待っていたのは初老の母親と大きな雛壇。雛祭りになぞらえた膳は、まるで工芸品のようなミニチュア料理で飾られています。神田家の神秘的な雰囲気が高まる中、白酒を飲んだキヨ子は眠気に襲われると、部屋を離れます。しかし、「僕」は母親の強い勧めにより、そのまま泊まることになります。

案内された部屋で待っていたのは、蒲団の上で裸で横たわるキヨ子でした。この一夜は、一見ロマンティックにも思えるが、もっと深い闇を孕んでいるように感じられます。後に「僕」は、街で耳にすることになる噂によって、この二人が「色きちがい母子」であることを知ります。

秋に再びキヨ子の家を訪れた「僕」は、雑貨屋の主人から噂を聞き、家の中を覗きます。その時彼が見たのは、まるで時間が止まったかのように雛壇の前で微動だにしない母娘の姿でした。この光景は恐怖と不安を呼び起こし、「僕」はその場から急いで離れるのでした。

『雛の宿』は、三島由紀夫が異界と現実の間に掘る深い溝を描いた作品として評価されています。東雅夫は、この作品の語り手が異界に引き込まれる様を絶妙に表現していると指摘しています。油野良子は、物語にふくまれる「不気味さ」が一際際立っているとし、この作品が鏡花の文学世界とも通じる特異な魅力を持つことを指摘します。

また、森かをるは、「僕」の幻想が生んだ存在としてキヨ子を捉え、事件の背後に切ない物語を感じ取ります。これは『雛の宿』が示す、言葉で表現しきれない心理的な葛藤や、不可思議な体験について登場人物たちが向き合い、探求していくことにも通じています。

この作品は、日本文学の中でも一際異彩を放っており、三島由紀夫の幻想的かつ心理的な探求の一端を示すものです。彼の文学に対する深い理解を求める読者にとって、『雛の宿』は外せない作品となることでしょう。

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