雪中梅

明治時代の傑作政治小説『雪中梅』：自由民権運動と愛の物語

末広鉄腸の代表作『雪中梅』は、明治時代の自由民権運動の高まりを背景に、若き志士国野基とその恋人富永お春の物語を描いた政治小説です。作者自身も所属していた自由党の思想が色濃く反映されており、当時の政治小説を代表する作品として高く評価されています。

物語は、明治173年（小説内設定）10月3日、「国会の祝日」の東京を舞台に幕を開けます。豪雨により上野博物館近くの崖が崩落し、そこから「鴬渓先生之碑」が出土したことから物語は動き出します。碑文には、鴬渓先生が夫婦で国会開設に尽力し、その功績を記した『雪中梅』と『花間鶯』という2つの書物が存在することが記されていました。

物語の中心人物である国野基は、正義社を結成し、熱弁を振るう演説の名手として民権運動を牽引する青年志士です。一方、恋人のお春は裕福な家庭に育ちながらも、政治に関心を抱き、読書を愛する聡明な女性です。2人の愛の物語と、激動の時代を生き抜く彼らの揺るぎない信念が、この小説の大きな魅力となっています。

物語のもう一つの軸となるのは、お春の義理の叔父である藤井権兵衛の陰謀です。彼は、お春の財産を奪おうと企み、国野基と周辺の人々の行く手を阻もうとします。正義社には、川岸のような保守派や、武田猛のような過激で革命的な思想を持つメンバーも存在し、多様な意見が交錯する様子が描かれています。

『雪中梅』は、博文堂から明治19年（1886年）8月に上編、11月に下編が出版され、その後も何度も版を重ね、青木嵩山堂から明治23年（1890年）には訂正増補版が刊行されました。作者の末広鉄腸は、明治29年（1896年）の没後も、この作品は読み継がれ、現在では岩波文庫版などを通して比較的容易に読むことができます。

興味深いのは、この作品が明治19年に初版が刊行されたにもかかわらず、物語の舞台が明治173年と、未来を描いている点です。これは、作者が当時の政治状況を鋭く観察し、未来への示唆を含ませていると解釈できます。

『雪中梅』の続編である『花間鶯』は、国野基とお春の結婚から始まり、主人公が民間党員、政党不要論者、過激共産主義者など様々な人物と関わり合い、最終的には主人公の勝利で幕を閉じます。この作品でも、作者は作中人物を通じて政治への批評を行い、理想的な人物像を提示しています。国野基は貧しいながらも雄弁と識見で世に認められ、苦難を乗り越え、お春との結婚、そして自由党の大勝利を収めるという、まさに理想的な志士像を体現しています。

『雪中梅』は、単なる恋愛小説や冒険小説ではなく、明治時代の政治状況を深く反映した歴史小説であり、政治思想小説としても高い価値を持つ作品です。数多くの版を重ね、現代においても再読の価値のある、日本の近代文学史に刻まれた名作といえるでしょう。様々な版が存在し、それぞれの版で細かな違いがある点も、この小説の魅力の一つです。現代の読者も、当時の社会情勢や政治思想を理解する上で、この作品は貴重な資料となるでしょう。

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