青山円座松

青山円座松：葛飾北斎の描く、円座松と富士の壮麗な対比

葛飾北斎の代表作として名高い『冨嶽三十六景』。その全46図の中に、「青山円座松」という作品が存在します。落款には「北斎改為一筆」と記されています。この作品は、現在東京都渋谷区神宮前に位置する龍巌寺にあったとされる銘木・円座松（別名：笠松）と、その背後にそびえ立つ富士山を主題としています。

円座松は、江戸時代においても著名な名木として知られており、『江戸名所花暦』や『江戸名所図会』といった文献にもその名が記されています。その大きさは、枝の広がりが三間（約5.4メートル）にも及ぶほどであったと伝えられています。絵画では、画面右下の丘の上に毛氈を敷いた人々が描かれ、酒を酌み交わしながら、眼下にある円座松と、霞の中にたたずむ富士山を眺めている様子が生き生きと表現されています。

この作品における、円座松と富士山の対比構造は、河村岷雪の『百富士』「松間」にも見られる構図的要素の影響が指摘されています。しかし、岷雪の作品は場所が特定されておらず、円座松と富士山を組み合わせた構図は、北斎独自の創造的な発想であると考えられています。

北斎は、画面構成において、山のようにこんもりと盛り上がった円座松と、背後の富士山を対比させることで、両者の存在感を際立たせています。現実には、江戸から富士山をこの絵のような大きさで見ることができないですし、円座松を見下ろせるような小高い丘も存在しませんでした。これは、北斎の芸術的な表現における大胆な解釈と、強調したい対象を際立たせるための工夫といえるでしょう。

さらに、北斎は描写の細密さにも工夫を凝らしています。円座松は、一本一本の松葉が丁寧に描かれ、その精緻な描写が際立ちます。一方、富士山とその周囲の山々は、簡素化された表現で描かれています。この対照的な描写は、円座松の存在感をより一層強調する効果を生み出しています。また、富士山と山々の背後にある空には、藍色のぼかしが用いられており、清涼感あふれる澄んだ空気を表現することで、全体の雰囲気をさらに引き立てています。

このように「青山円座松」は、巨大な円座松と富士山という壮大な自然を主題としながら、北斎独自の視点と高度な描写力によって、現実離れした幻想的な世界観を描き出している傑作です。緻密な描写と大胆な構図、そして簡素化された表現との巧みなバランスは、北斎の芸術性を余すことなく示しており、多くの鑑賞者を魅了し続けています。その芸術的な価値は、現在もなお高く評価されており、浮世絵における代表作の一つとして、後世に語り継がれる名画と言えるでしょう。

もう一度検索