河村岷雪

河村岷雪とその傑作『百富士』

河村岷雪（かわむら みんせつ）は、江戸時代中期に活躍した書画家です。生没年は不明ですが、篆刻家としても知られる河村茗谿と同一人物であるという説があります。

岷雪の代表作は、全4冊からなる『百富士』（1767年（明和4年）版行）です。この作品は、彼が旅の途中で写生した富士山の絵101図を収めています。各図の見開きには、狂歌、川柳、漢詩が添えられており、芸術性の高さと多様性が特徴です。

『百富士』は、以下の4冊で構成されています。

第一冊：江府中（26図）
第二冊：裏不二、武州、相州、甲州、駿州（25図）
第三冊：東海道（24図）
第四冊：諸州名勝地（26図）

第四冊の跋文には、岷雪自身の言葉が記されており、彼が各地を旅して富士を描いたこと、職業画家ではなかったことがわかります。また、作品の中には、雪舟や探幽斎の作品を模写した図も含まれていることが判明しています。さらに、『百富士』の序文の一つには、「君錫」という号を使っていたことが示唆されています。

朝岡興禎の『古画備考』には、河村君錫（黙二庵、坦斎話）という人物が記録されており、この人物が『百富士』の序文を書いた人物と同一の可能性も指摘されています。『百富士』序文は3本あり、そのうちの一つは「柳洲田謙」によるもので、そこには岷雪（君錫）が絵画の才能に優れていたことが記されています。

後世への多大な影響

『百富士』は版を重ねて広く流通したため、後世の多くの絵師にとって重要な「手本」となりました。その影響は、与謝蕪村や葛飾北斎の作品にも明確に見て取れます。

例えば、蕪村の「富嶽列松図」には、『百富士』第一冊「松間」の影響が認められます。また、北斎の『富嶽三十六景』や『富嶽百景』には、『百富士』との類似点が複数指摘されています。特に顕著な例として、「橋下」、「窗中」といった構図は、『百富士』と北斎の作品、そしてさらに西洋の版画家フェリックス・レガメの作品にも共通して見られます。

北斎が描いた『富嶽三十六景』「常州牛堀」は、伝統的な名所ではないにもかかわらず、北斎が実際に訪れた記録も残されていません。この作品は、『百富士』第四冊「牛堀 常洲」の影響を受けた可能性が高いとされています。

さらに、『富嶽三十六景』全体の構成にも、『百富士』の影響が指摘されています。『富嶽三十六景』の構成は、『百富士』の各冊（江府、裏不二、東海道、諸州名勝地）の構成と場所の重複などから、強い関連性があると推測されています。

河村岷雪と河村茗谿

静岡県立美術館の福士雄也氏は、岷雪と茗谿が同一人物である可能性を指摘しています。和歌山県にある宗善寺所蔵の『書画貼交屏風』には、「岷雪筆　茗（朱文方印）」と記された富嶽図があり、この作品と『続補日本印人伝』の記述を比較することで、同一人物説を裏付ける証拠が得られました。

結論

河村岷雪は、職業画家ではないながらも、独自の視点と卓越した画力で『百富士』を制作し、後世の多くの画家、特に葛飾北斎に多大な影響を与えました。彼の作品は、日本の風景画史において重要な位置を占めるだけでなく、日本美術における風景画表現に多大な影響を与えた作品であると言えるでしょう。今後の研究により、岷雪の生涯や作品に関する新たな知見が得られることが期待されます。

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