青木定雄

青木定雄（あおきさだお）

概要

青木定雄（あおきさだお、本名：兪奉植、1928年 - 2017年）は、韓国出身で日本を主な拠点として活動した実業家。在日韓国人一世として、タクシー事業を展開するエムケイ株式会社（MKタクシー）を創業し、同社グループを日本有数の規模に育て上げたことで知られる。また、経営難に陥った在日韓国人系信用組合の統合を主導し、近畿産業信用組合の代表理事会長として民族金融機関の発展にも寄与した。その経営手法や活動は、日本の産業界、特にタクシー業界に大きな影響を与えた一方、独自の経営方針や信用組合運営における問題点が指摘されるなど、賛否両論を巻き起こした人物である。

生涯

1928年、現在の韓国慶尚南道で生まれる。15歳の時に日本へ渡り、京都の立命館高等学校で学んだ後、立命館大学法学部に進学したが中途退学した。様々な職業を経験する中で、倒産した勤務先の石油販売事業を引き継ぎ、事業家としての第一歩を踏み出す。1960年には、後のMKタクシーの源流となるミナミタクシー株式会社を設立し、タクシー事業に参入した。

事業開始当初から、それまでの業界慣習にとらわれない独自の経営戦略を展開。特に、運転手の接客態度向上を重視し、ハイヤー並みのドアサービスや、独特な挨拶の徹底などを通じて顧客サービスの差別化を図った。1969年には、独自の給与システム「MKシステム」を導入するなど、先進的な試みを次々と打ち出した。

1977年には桂タクシーを吸収合併し、エムケイ株式会社を設立。代表取締役社長に就任し、事業を拡大していった。1994年には代表取締役会長を退任し、経営の第一線から退きつつも、実質的な影響力を保ち続けた。その後、長男の信明氏をはじめとする息子たちに経営を継承した。

タクシー事業の傍ら、2001年には経営破綻した複数の信用組合を統合した近畿産業信用組合の代表理事会長に就任。在日韓国人系の金融機関としては日本最大規模となる信用組合の設立に貢献した。2005年にはエムケイの経営から完全に引退し、信用組合の運営に専念したが、2013年には会長職を解任された。晩年は京都で過ごし、2017年に誤嚥性肺炎のため88歳で死去した。

主な功績と活動

タクシー業界への影響

青木氏の活動の中で最も特筆されるのは、日本のタクシー業界における運賃体系と規制への挑戦である。当時の運輸省が主導していた「同一地域内、同一運賃」という規制に対し、青木氏は一貫して競争原理の導入と運賃の自由化を主張した。

1981年には、京都市内での一律運賃値上げに単独で反対の姿勢を示し、翌年には運賃値下げを申請。これが却下されたことを受け、運輸省近畿運輸局を相手取った運賃値下げ訴訟を提起した。この訴訟は1985年に大阪地裁でMKタクシー側の勝訴判決を勝ち取り、1989年には国との和解が成立した。この一連の動きが契機となり、1993年にはタクシー運賃の自由化が実現し、MKタクシーに対しては全国初の運賃値下げ（10%）が正式に認可された。

青木氏の粘り強い訴訟とロビー活動は、その後の日本のタクシー事業における規制緩和の大きな流れを生み出したとされる。新規参入の自由化や運賃認可幅の拡大など、2002年の改正道路運送法施行によって規制緩和が本格的に進められることになった。ただし、その後過度な競争を招いたとして、2009年にはタクシー適正化・活性化特別措置法により再び規制強化の方向へと転換している。

経営の特徴と評価

MKタクシーの経営は、その独創性で知られた。創業当初から徹底された挨拶や車両清掃、きめ細やかなドアサービスなどは、従来のタクシー会社のイメージを刷新し、顧客からの高い評価を得た。独自の社員教育システムは注目を集め、一時は経営学の事例として取り上げられることもあった。特に、給与制度である「MKシステム」は、運転手の意欲向上を狙ったとされた。

しかし、その一方で、厳しい労働条件や低賃金、独特な社員教育に起因する離職率の高さも指摘された。特に「MKシステム」については、実質的なリース制であり、超累進的な歩合給が運転手に過酷な負担を強いるとの批判があり、国会で問題視されたこともある。また、既存のタクシー事業者との協調よりも競争を優先する姿勢から、業界団体との摩擦が絶えず、「業界の和を乱す」と批判されることもあった。

近畿産業信用組合での活動

2000年代に入り、青木氏は金融界にも深く関わるようになった。経営難に陥っていた京都シティ信用組合への支援をきっかけに、破綻した大阪商銀や京都商銀、関西興銀の事業譲渡を受け、これらを統合した近畿産業信用組合の代表理事会長に就任した。これにより、同組合は日本最大規模の在日韓国人系金融機関へと成長した。

しかし、これらの信用組合の破綻処理には多額の公的資金が投入されており、その運営には厳しい目が向けられた。近畿産業信用組合の経営においては、青木氏によるファミリー企業への不明朗な融資や、自身に便宜を図るための違法な融資、公私混同と見られる経費処理などが再三にわたって指摘された。2004年には金融庁から業務改善命令を受け、組合の「私物化」が問題視されるようになった。

特に、三男を理事長に昇格させようとした人事が強い批判を招き、組合内部での対立が表面化。最終的に、2013年5月には理事会によって代表理事会長を解任されるに至った。

人物

青木氏は強いリーダーシップと不屈の精神を持つ人物として知られる。競争を恐れず、古い慣習に挑戦する姿勢は、多くの経済人に影響を与えた。その一方で、目的達成のためには手段を選ばないといった批判も少なくなかった。日本の韓国メディアの取材に対して「韓国民が意志を結集すれば、10年内に日本に追いつくことができる」と語るなど、祖国に対する強い思いも持ち合わせていた。

家族構成は妻と3男2女。長男の信明氏はMKタクシーの社長を継承し、次男、三男もMKグループの主要会社の経営に携わっている。実弟の青木秀雄氏もMKグループの役員を務め、キリスト教徒としての活動でも知られている。

栄典

2004年、韓国政府より韓国国民勲章「無窮花章」を受勲した。これは国内外の韓国市民に授与される勲章であり、青木氏の韓国社会への貢献が評価されたものである。