非国民

非国民：時代とともに変化する言葉の意味

「非国民」とは、国民としての義務や責任を怠り、国家や社会に反する行動をとる、あるいはそのような意識を持つ者を指す言葉です。この言葉は、特に日本において、日中戦争や太平洋戦争期に、軍や国策に協力しない者に対する非難として広く用いられました。英語ではtraitor（裏切者、国賊）などが対応します。

歴史的背景と用法の変化

この言葉の使われ方は時代によって大きく変化しています。

日露戦争～第一次世界大戦

日露戦争中には、ロシア側のスパイと疑われた者を「非国民」として弾圧する事例が見られました。第一次世界大戦前後には、軍艦「日進」の火薬庫爆破事件で犯人が「非国民」として報道されたように、事件や事故の犯人に対して用いられることもありました。

第二次世界大戦期

太平洋戦争期には、「非国民」という言葉は国家による強力なプロパガンダツールとして利用されました。政府や軍部は、戦争協力に消極的な者、あるいは政府の方針に異を唱える者を「非国民」と断罪し、社会的な制裁を加えることで国民の服従を強要しました。1932年の上智大学学生の靖国神社参拝拒否事件や、1941年の『家庭防空の手引き』における記述は、その典型例といえます。

この時代には、障害者もまた「非国民」の烙印を押される悲劇がありました。徴兵検査に不合格となることは、国家から戦力外とみなされることを意味し、結果として、自らの存在に苦悩する者も少なくありませんでした。

国家総動員体制下では、「勤労」という言葉も国家主義的に解釈されました。個人の自由な意思に基づく「労働」ではなく、国家の戦争遂行に奉仕する「勤労奉仕」や「勤労動員」が求められ、私的な労働は非難の対象となりました。この「勤労」の概念は戦後、日本国憲法の「勤労の権利」「勤労の義務」として継承されました。

戦後

戦後、政治家の尾崎行雄は、戦前の翼賛体制を批判し、肯定的な意味で「非国民たれ」と主張しました。これは、国家への盲目的な服従を拒否し、自由な思想と行動を訴える表現でした。

現代においては、スポーツの応援をしない者や、税逃れを行う者に対する批判など、やや皮肉や自嘲的な意味合いで使われるケースも見られます。また、新型コロナウイルス感染症の流行時には、政府の自粛要請に従わない者に対して「非国民」と揶揄する声も聞かれましたが、これは戦時中の用法とは異なる、比喩的な表現といえます。

海外における類似概念

第二次世界大戦中のアメリカでは、「敵性外国人」として強制収容所に収容された事例があります。また、ラトビアやエストニアでは、旧ソ連国民を「非国民」と呼ぶ独特の制度が存在しており、永住権は認められていても国民としての権利は制限されています。これらの事例は、異なる社会や歴史的文脈における「非国民」概念を示しています。

関連概念

「非国民」という言葉は、反逆罪、外患罪、国民精神総動員、大政翼賛会、国家総動員法、検閲、マスメディアの戦争責任、全体主義、同調圧力といった概念と密接に関連しています。これらの概念を理解することで、「非国民」という言葉の持つ意味をより深く理解することができます。

まとめ

「非国民」という言葉は、その時代背景や文脈によって、異なる意味や重みを持つ言葉です。戦時中の国家による強力なプロパガンダツールとしての側面と、戦後における比喩的な表現としての側面を理解することで、この言葉の持つ複雑な意味をより多角的に捉えることが可能になります。そして、歴史的背景を踏まえることで、現代社会における言葉の適切な使用についても考えるべきでしょう。

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