順手牽羊

順手牽羊（じゅんしゅけんよう）

兵法三十六計の第十二計に数えられる戦術「順手牽羊」。これは、集団の盲点を突き、敵に悟られることなく徐々に損害を与えていく戦略を指します。「手に順（したが）いて羊を牽（ひ）く」と訓読され、その語源は、羊の群れから一匹を盗み出す者が、堂々と連れ去っても誰にも咎められない様子に由来します。

順手牽羊の概要

順手牽羊は、組織が巨大化し、統制が行き届かなくなる隙を突く作戦です。また、敵に察知されないよう、少しずつ着実に損害を与えていく戦術でもあります。具体的な例としては、以下のようなものが挙げられます。

敵部隊が森林地帯などを急いで通過する際に伏兵を配置し、音を立てずに隊列の最後尾から一人ずつ襲撃し、敵の戦力を徐々に削っていく。
敵が市街地の掃討作戦のために小隊規模に分散したところを待ち伏せし、各個撃破していく。この際、敵の中枢に気づかれないように、一つずつ確実に殲滅していく。

これらの戦術は、敵に大きな警戒心を抱かせず、気づかぬうちに戦力を低下させることを目的としています。

歴史的な事例

順手牽羊の戦術は、歴史上の様々な戦いにおいて見ることができます。以下に代表的な事例を挙げます。

淝水の戦い（383年）

前秦の苻堅は、90万と号する大軍を率いて東晋に侵攻しました。東晋は寿陽城を奪われるなど、危機的な状況に陥ります。両軍は淝水を挟んで対峙しましたが、東晋の謝玄は苻堅に対し、「渡河して決戦しようではないか」と挑発しました。

前秦の諸将は反対しましたが、苻堅は「東晋軍が渡河を開始したところを叩けば良い」と考え、東晋軍の渡河を認め、自軍をわずかに後退させました。しかし、東晋軍が渡河を開始すると、前秦軍に内通していた朱序が「秦軍は敗れたぞ！」と叫びながら陣内を駆け巡りました。

これによって前秦軍は大混乱に陥り、反撃を受けることなく悠々と渡河してくる東晋軍を見て、我先にと逃げ出しました。東晋軍はこの機に乗じて攻撃を仕掛け、前秦軍を打ち破り、大勝利を収めました。

この戦いでは、朱序の偽情報によって前秦軍の統制が崩壊し、順手牽羊の戦術が成功したと言えるでしょう。

李愬の呉元済討伐（814年）

814年、李光顔と李愬は、節度使の呉元済を討伐するよう命じられました。李愬は命令を受けると、偵察を行いながら、「自分は弱兵であり、呉元済討伐が目的ではなく、治安回復が任務である」と宣伝しました。呉元済は李愬を監視していましたが、最終的に李愬を攻撃軍ではないと判断し、その動きを見逃すようになりました。

李愬は数年かけて工作を行い、呉元済の部下である丁士良、呉秀琳、李忠義などを徐々に離反させていきました。817年、李光顔が大軍を率いて呉元済軍を攻撃した際、呉元済の本拠地である蔡州城から主力が進発し、手薄になりました。その隙を突き、李愬は風雪の夜に蔡州城を夜襲し、呉元済を捕縛、長安に連行して処刑しました。

この戦いでは、李愬が呉元済を油断させ、内部から切り崩していくという、順手牽羊の戦術が見事に成功しました。

まとめ

順手牽羊は、敵の油断を誘い、組織の隙を突いて、気づかれないように少しずつ損害を与えていく戦術です。大規模な戦闘を避け、最小限の犠牲で目的を達成するために有効な戦略と言えるでしょう。歴史上の様々な戦いにおいて、この戦術が用いられ、成功を収めています。

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