風俗小説

風俗小説は、特定の時代の社会の習慣、価値観、慣習を詳細に描写することで、その時代の世相を捉え、社会全体を多角的に描く小説のジャンルです。これは大衆小説のルーツの一つとされ、高度に発展した社会の複雑さを、細やかな観察を通して再現しようとする試みです。初期には、中間小説とほぼ同じ意味で使われることもありました。

しかし、近代の日本では「風俗」という言葉が、消費や享楽といった、やや軽薄なイメージで捉えられることが多くなりました。それに伴い、そうした享楽的な日常生活をなぞるだけの小説が登場するようになりました。この状況に対して、文芸評論家の中村光夫は、1950年の評論『風俗小説論』で厳しい批判を展開しました。彼は、人の感情や生活における深い思いを掘り下げることこそが小説の本質であるとし、消費や享楽といった表面的な部分だけを描くことは、小説の堕落であると主張しました。そして、田山花袋の『蒲団』から始まる日本の私小説の堕落を指摘しました。

この中村光夫の批判をきっかけに、彼と小説家の丹羽文雄との間で、風俗小説をめぐる文学論争が起こりました。戦後、銀座などを舞台とした風俗小説が人気を集め、丹羽は流行作家となりましたが、中村から「風俗小説」というレッテルを貼られ、論争へと発展しました。この論争は、当時の文学界に大きな影響を与え、風俗小説というジャンルに対する認識を深めるきっかけとなりました。

参考文献:
中村光夫『風俗小説論』講談社文芸文庫　2011年

関連項目:
* 中村光夫

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